(154)讃留霊王神社(さるれおう)

讃留霊王神社(丸亀市飯山町下法軍寺)は、全国的にも珍しい、古墳と神殿の組み合わせです。(さぬき桃太郎伝説の猿との関係は?)
ここには、江戸時代初期まで『法軍寺』という古刹もありましたが、生駒一正により高松市錦町に移転し、名称も父の生駒親正の法名を採り『弘憲寺』とされました。

讃王さん秋まつり平成20年9月28日(日)
12:00〜 神事
14:00〜 神輿渡御
14:30〜お旅所神事・獅子舞・浦安の舞・神輿お上がり

讃留霊王古墳
讃留霊王古墳(下法軍寺)東方より

讃岐富士 飯野山(飯山町下法軍寺より)
讃岐富士 飯野山(飯山町下法軍寺より)

沿道の幟
沿道の幟

讃留霊王神社(鳥居)
讃留霊王神社(鳥居)

讃留霊王神社(参道)
讃留霊王神社(参道)

讃留霊王神社(境内)
讃留霊王神社(境内)

讃留霊王神社(秋まつり神事1)
讃留霊王神社(秋まつり神事1)

讃留霊王神社(秋まつり神事2)
讃留霊王神社(秋まつり神事2)

奉納獅子舞(四組)
奉納獅子舞(四組)

奉納獅子舞1奉納獅子舞2
奉納獅子舞3奉納獅子舞4
奉納獅子舞5奉納獅子舞6

奉納獅子舞7 
奉納 獅子舞

奉納毛獅子舞 
奉納 毛獅子舞

讃留霊王神社(境内外から) 
讃留霊王神社(境内外から)

讃留霊王神社(拝殿東の鳥居)
讃留霊王神社(拝殿東の鳥居)


讃留霊王神社(本殿と古墳) 
讃留霊王神社(本殿と古墳)

讃留霊王神社から飯野山

讃岐 讃留霊王伝説

第12代景行天皇の頃、土佐の海にエビのような姿の大魚が現れて、船や人を飲み込み、暴れていました。それを知った天皇は息子の日本武尊にその悪魚の退治を命じました。しかし尊は自分の息子の武殻王にその役目を命じるように天皇に勧めます。

 悪魚退治を命じられた皇子はさっそく土佐に向かいます。ところが大魚はすでに阿波の国鳴門に移りさらに讃岐国の大槌、小槌付近の海で暴挙の限りを尽くしていました。 皇子は讃岐まで大魚追いかけ、綾歌郡綾川の上に陣をしき、80人余の兵を軍船乗せ、大魚に戦いを挑みます。

 しかし大海を自由に泳ぎ回る大魚に、皇子と兵は船もろともたちまち大魚に呑まれてしまい、兵は大魚の毒気に皆倒れました。この危機の中、皇子は隠し持った道具で火を炊き、もがき苦しむ大魚の腹を切り裂きついに脱出に成功します。

 そして皇子の乗った大魚の死骸は海岸に流れ着きました。しかし魚の毒気にあてられた兵は死人のようでした。そこへ白峰の方より雲に乗って一人の童子が現れ、水の入った壺を持って兵たちに飲ませるとたちまち蘇生しました。童子は横潮大明神という神様で、兵士達80人が蘇ったということで、その清水は八十場の清水と名付けられました。

 大魚の亡骸は、それが流れ着いた浜に魚御堂が建てられて供養されました。そこには大魚の腹部が地上に埋め残されていたので、この浦を腹江転じて福江といい、尾が海まで続いたのでその尾のあたりを江尻というそうです。更に、里人たちが皇子の成功を祝して、お供を献じたところが御供所だということです。

 景行天皇に大魚退治を認められた武殻王は、褒美として、讃岐の土地を与えられ、城山に館を構え、讃岐に留まる霊王という意味から讃留霊王と呼ばれました。その子孫が讃岐綾氏だといわれています。
                                       
                                            〈参照:讃岐の風土記より〉



















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tag : 讃留霊王 飯野山 獅子舞 景行天皇 日本武尊 武殻王

(153)須佐大宮

須佐神社(国幣小社)
御魂鎮(みたましずめ)の霊地
・・・出雲国風土記に見える須佐之男命御終焉の地
古くより、須佐之男命の御本宮として「須佐大宮」
天文年間には「十三所大明神」という。
須佐大宮西を流れる素鵝川 素鵝川 (右が須佐神社

所在地:島根県出雲市佐田町須佐七三〇

明治五年    郷社
明治六年    県社
明治三十二年 国幣小社
須佐神社(鳥居) 須佐神社(鳥居)

素盞嗚尊須佐之男命)・・・神話の時代、姉の天照大御神が天の岩戸にお隠れになった原因を作った三姉弟の末弟(cf。月読)。後に、出雲に、降臨し八岐大蛇を退治し、助けた稲田比売といっしょになる。 素盞嗚尊の系譜が後の大国主命の国譲りや八重事代主命(恵比寿神)・建御名方命(諏訪大社御祭神)と引き継がれていく。

須佐神社(石柱) 須佐神社(石柱)

宮司を務める須佐家が国造を命じられたのは、今から約千八百五十年前、成務天皇三十年(西暦160年)の第二十四代須佐国造益成宮司の時と伝えられる。

須佐神社(随身門) 須佐神社(随身門)

神事
朝覲祭(ちょうきん)
陵王舞(りょうおう)
百手神事(ももて)
造酒会神事(みきあい)
切明神事(きりあけ)
八雲神楽
起源殿神事

須佐神社(拝殿) 須佐神社(拝殿)

御祭神
須佐之男命(すさのおのみこと)
・稲田比売命(いなだひめのみこと)
・足摩槌命(稲田比売の父)
・手摩槌命(稲田比売の母)

須佐神社(本殿)1 須佐神社(御本殿)1

ご本殿は、切妻、栩葺(とちぶき−クヌギ)の大社造。

※大社造とは、四方の柱の間に一本ずつの柱があり、方二間で中央に真柱がある。中央の柱と右中間の柱との間を壁でとじ、その奥を神座とする。向かって右一間を入り口階(きざはし)を造る。

須佐神社(本殿)2 須佐神社(御本殿)2


この社に伝わる特殊神事に、「念仏踊り」があり毎年8月15日の夏祭りに行われ神社では、「切明神事 きりあけしんじ」と称している。社伝によると、神功皇后が三韓征伐の凱旋の折、この踊りをして奉送されたのを、皇后は、素盞嗚尊が三韓に渡り給うた功徳を仰ぎ之を須佐大宮に伝え給うたとある。

讃岐の滝宮天満宮(天満神社)の「念仏踊り」は、当時の国司であった菅原道真の雨乞いから始まったと伝えられるが、その源流は須佐神社(切明神事)と関係があるかも知れません。






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tag : 須佐之男命 須佐神社 念仏踊り 素盞嗚尊 滝宮天満宮 神功皇后

(152)霧島神宮

延喜式内社 旧官幣大社 霧島神宮

高千穂峰に対する山岳信仰から始まった神社

【西の日光】の愛称でも親しまれている。


霧島山
霧島山(霧島山は、鹿児島県と宮崎県の県境に広がる火山群の総称。)


大鳥居  大鳥居

霧島神宮(バス停・駐車場)  バス停・駐車場

霧島神宮(参道) 参道

霧島神宮(参道中ほどの鳥居) 冠木門 (三の鳥居)  霧島神宮(参道2) 参道



霧島神宮(境内)  
霧島神宮(境内)
村上天皇の時代に、霧島山などで修験道の修業を行った性空によって整備された霧島六社権現の中心的存在である。元々は霧島山そのもの信仰対象とする山岳信仰であり、霧島山を道場とする修験者の拠点であったが、現在では、日本神話に記される日向三代の神々が祀られている。

霧島神宮(勅使殿)  
霧島神宮(勅使殿)この奥、拝殿、本殿へと続く。

御祭神
天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)
木花咲耶媛尊(コノハナサクヤヒメ)
彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)
豊玉媛尊(トヨタマヒメ)
鸕鶿草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)
玉依媛尊(タマヨリヒメ)

霧島神宮(拝殿の装飾)  
霧島神宮(勅使殿の極彩色の装飾)

霧島神宮(境内2)  霧島神宮(境内) 霧島神宮 霧島神宮(拝殿)



 

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tag : 霧島神宮 霧島天狗 瓊瓊杵尊 性空 霧島山 日向三代

(151)讃岐一宮 田村神社 双大鳥居

2009年 讃岐一宮 田村神社 創始1300年祭に向け 双子の大鳥居完成!


田村神社はおよそ2世紀の頃、第七代孝霊天皇の皇女(倭迹迹日百襲姫命)が、古来より雨の少なかったこの地で住民に、ため池を造り、田畑を耕し、稲作を伝えたとされ、水脈を守るため姫が祀られ、1300年前(平城京遷都の前年)定水大明神として、この地に創祀されました。

 創始 (和銅二年) 西暦709年

本殿前の大鳥居
本殿前の大鳥居
田村神社には、本殿地下の深淵(ご神体)のほか袂井(たもとい)・花ノ井などがお宮の敷地内にあり、伝説とともに歴史を伝えています。

倭迹迹日百襲姫命
主祭神:倭迹迹日百襲姫命  (やまと ととひ ももそひめのみこと)

 倭迹迹日百襲姫命(ももそ姫)は、大和の国を三歳で旅立ち、八歳の時、讃岐の引田(安戸の浦)に着き、御殿を水主に造営(今の水主神社)。この地で土地の人に弥生米をあたえて、米作り又水路を開き、雨祈も行なった。ももそ姫の働きにより讃岐東部は安定した暮らしができました。
 その後、讃岐全体に影響力を持つため、馬篠の艪掛けの松から船出、一時仏生山の船岡山に滞在した後、一宮の田村神社に住まいを移し、この地で吉備の国平定にあたっていた折に、弟の五十狭芹彦命(吉備津彦命)の訪問を受け、女木・男木島の海賊退治を依頼。ももそ姫は、一宮の地で食料の安定確保のため、ため池を作り、新しい農地を開発し、農業技術を進化させ、祭祀を行ったため、当国農業殖産の開祖神として祀られています。
 讃岐での活躍を耳にした大和政権が18歳の姫を呼び戻した後、姫は大国主命と結ばれ、その神託を伝える巫女としての生涯を過ごしました。そして、死後は最古の古墳のひとつとされている『箸墓』(奈良県広陵町)に埋葬されています。

本殿前(奥)と宇都伎社前の双鳥居
本殿前(奥)と宇都伎社前の双鳥居
(写真の撮り方がよくありませんが、同じ大きさです。)

宇都伎社 大鳥居
宇都伎社 大鳥居

裏参道の連鳥居も完成
裏参道の連鳥居も完成

讃岐七福神の布袋尊
讃岐七福神の布袋尊(裏参道)




創始1300年記念 双大鳥居落成式
平成20年8月12日(火)午前10時から
宇都伎社前 大鳥居落成






燈籠祭 
8月 9日(土)10日(日)

二千体の燈籠を灯し、先祖の御霊を和め子孫繁栄を祈願する夏の涼祭
燈籠は日没後点灯します
田村神社 灯篭祭

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tag : 倭迹迹日百襲姫命 田村神社 大国主命

(150)出雲国一宮 出雲大社

出雲国一宮 出雲大社(いづも おおやしろ) 島根県大社町

出雲大社

出雲大社の全景

青銅の鳥居
拝殿前の青銅の鳥居

出雲大社(さざれ石) さざれ石


御祭神 大国主大神(オオクニヌシノオオカミ)・・・【だいこくさま】
     『むすび』の御霊力(みちから)で人々を幸せに導く。
 ※大国主命−日本の国土を『豊葦原の瑞穂の国』と呼ばれるような、あらゆるものが豊かに成長する国をお造りになりなり、その大業の成就とともに天照大神にこの国をお返しになりました。天照大神は、感謝され、まつりごとを自らの子孫に託し、また第二子の天穂日命を大国主命の住まいとして建立した天日隅宮(あめのひすみのみや)に仕えさせた。天穂日命の神裔が出雲国造と称してその祭祀を継承し御祭神に仕え、現在第84代千家尊祐(せんげたかまさ)氏が男統連綿としてその任にあたり古からの歴史を伝えているそうです。

天日隅宮−出雲大神宮・厳神之宮・杵築大社などの別名でも呼ばれたが、今は出雲大社とされています。


出雲大社 参道              
参道(松並木により、中央と左右に三分割され、江戸時代には中央の参道は、お殿様専用でした。)

大国主命(オオクニヌシノミコト)          
神話の再現(海中より御魂が現れ、大国主命が神託を受ける)

拝殿(遷宮の間、本殿となる準備をしていました)               
拝殿(遷宮の間、本殿として使用されます。)

本殿前の随身門(遷宮の間、本殿から神様を、現在の拝殿に遷します)
本殿前の随身門(通常ここから中へは入れません。)



 47mの国旗掲揚柱
47mの国旗掲揚柱(朝NHKの放送が始まる時に、映像に使われています。)

 今年から、五年かけて、六十年に一度の遷宮が始まります。
出雲大社遷宮・・・神様を本殿から手前の拝殿に移し、これを仮の本殿とし仮の本殿の隣にあたらしく拝殿を建て、それから本殿の立替を行うそうです。)
出雲大社080308034s-

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tag : 出雲大社 遷宮

(149)平成20年 讃岐一宮 節分祭

早朝から雪化粧 AM7:15 (高松市檀紙町薬王寺あたり)
節分早朝の風景


今日は、讃岐一宮 田村神社の、『節分祭』です。
こちらの社では、毎年、曜日に関係なく二月三日に節分祭を行っています。
田村神社 拝殿

節分とは、季節と季節の変わり目を云い、節分祭は季節が冬から春に変わっていく節目という事で、立春の前の日に行われる行事です。
田村神社節分祭は、御祭神の一柱である五十狭芹彦命彦(吉備津彦命)の鬼退治伝説を、後世に伝えています。

拝殿前の飾りつけ
拝殿前の飾りつけ

身代わり鬼
(お札に心の鬼を託し節分祭の最後に焼きます)
身代わり鬼


境内の様子


いよいよ豆まき!今年のゲスト:加藤剛
(時代劇の大岡越前の大岡忠相役が有名)
いよいよ豆まき

加藤剛さんと実子の夏原遼、頼三四郎の三名が10時30分〜15時まで5回豆まきをするそうです。

小雨(雪)の中、朝から大観衆
朝から、大観衆


讃岐国桃太郎保存会も、神主に御祓いをしていただいてから『豆まき』に向います。
讃岐桃太郎保存会


讃岐桃太郎保存会


桃太郎保存会の豆まき


讃岐国 桃太郎保存会の豆まき
桃太郎保存会の豆まき


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讃岐国 桃太郎保存会
讃岐桃太郎保存会

桃太郎保存会も『名物かまど』さんにお願いして、『さぬきの国のきびだんご』、『招福豆(和菓子)』、『恵方ロール(ロールケーキ)』、古代米が入った『いにしえの恋しるこ』を販売して節分祭を盛り上げていただきました。

招福豆(名物かまど) = 今日のために作っていただいた新商品。
名物かまど 招福豆


さぬきの国のきびだんご(名物かまど)
さぬきの国のきびだんご

きびだんごと恵方ロールは完売でした。皆さま、ご協力ありがとうございました。

巫女さんポーズ!
節分祭の巫女さん


RNCラジオも生中継 ! RNCラジオも中継


まん中が、加藤剛 (本当に、まじめな方でした!!)奥の二人が、息子さんたちです。
RNCラジオ中継 加藤剛ファミリィ

笑福亭小つる師匠・熊谷アナも小雨降る中頑張っていました。
RNCラジオ



境内の様子1


境内の様子2

※讃岐国を治めた代表的な国司の紀夏井・菅原道真も滝宮の有岡屋形(国司の居)から月に一度吉日を選び、天皇に代わり讃岐一宮を参詣するのが当時の重要な仕事でした。参詣のための宿泊所が今の上天神にあり、『橋詰屋形』と呼ばれていました。
境内の様子3


境内の様子4


境内の様子5


※18時からの『鬼やらい』の儀式で、身代わり鬼を焼き『節分祭』の終了です。
鬼やらい2

※今年は、日曜日でしたが小雪まじりの雨の影響で、約3万人の人出だったそうです。


節分祭が、終わると讃岐平野に春が訪れます。

※5月7、8日  春季例大祭 御蚊帳垂神事 [おかちょうたれのしんじ]

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tag : 讃岐一宮 田村神社 加藤剛 大岡越前 節分 倭迹迹日百襲姫命 名物かまど 鬼やらい

(148)神話のふるさと

東国原知事で、有名になった宮崎県は、昔『日向(ひゅうが・ひむか)』と呼ばれ、神武天皇が東征を始めた神話のふるさとの一つです。


テレビ報道でよくみかける宮崎県庁
宮崎県庁


宮崎八幡宮は、県庁の北東に歩いて5分位のところに鎮座しています。
宮崎市街地のほぼ中央にありながら、樹齢数百年の木に囲まれた鎮守の森があります。
宮崎八幡宮(随身門)

 宮崎八幡宮の創建は不明。しかし、永承年間、西暦1050年頃に、この地方の開拓にあたった海宿弥為隆(うみのすくね ためたか)が、産土神であった橘大神といっしょに、宇佐八幡大神をこの地に勧請したのがはじまりだと伝えられている。
宮崎八幡宮(御神燈)
宮崎八幡宮(御神燈)
 八幡大神は源氏の氏神として武人から崇敬されていたこともあり、弓矢武勇の守護神として戦時中戦地に赴く人々が、お参りをして出発したほど親しまれていたそうです。
宮崎八幡宮(石碑)
宮崎八幡宮(石碑)
 毎年小正月の前日あたりに行われる『どんどやき』は、市内はもとより周辺の町村からも注連縄や門松を焼納する人々で賑わっています。
宮崎八幡宮(拝殿)
宮崎八幡宮(拝殿)
 現在の杉田秀徳宮司から五代遡る杉田千蔭は、江戸末期に、私塾『杉田塾』を開き地域の子供たちに学ぶことを教えた。『杉田塾』が現在の『宮崎小学校』の元になっているそうです。

宮崎の主な神社
日向国一宮 都農神社(都農町)つのじんじゃ
 ※神武天皇がご東征の折立ち寄り祈願した伝説が残る。
天の岩戸神社(高千穂町)あまのいわとじんじゃ
 ※天の岩戸伝説を今に伝える。
今山八幡宮(延岡市)いまやまはちまんぐう
 ※歴代の延岡藩主が領内の守護神として崇拝した。
都萬神社(西都市)つまじんじゃ
 ※木花咲姫が甘酒を、子に乳代わりに与えた伝説から、日本清酒発祥の地として知られる。
狭野神社(高原町)さのじんじゃ
 ※紀元前475年に即位した第5代孝昭天皇の時代に社殿が建てられた。
江田神社(宮崎市)えだじんじゃ
 ※古事記のイザナギ命が禊をしたと伝えられる。
青島神社(宮崎市)あおしまじんじゃ
 ※山幸彦と豊玉姫の伝説が残る。
宮崎神宮(宮崎市)みやざきじんぐう
 ※県内最多の参拝者数を誇る。読売ジャイアンツも宮崎キャンプの無事を祈っています。
一葉稲荷神社(宮崎市)ひとつばいなりじんじゃ
 ※商売繁盛・金運の神様。
鵜戸神宮(日南市)うどじんぐう
 ※竜宮に帰った豊玉姫を待ちくたびれた亀が石になった伝説がある。
神門神社(美郷町南郷区)
 ※西暦660年に滅亡した百済王族を偲んだ『師走まつり』で有名。
大御神社(日向市伊勢ヶ浜)おおみじんじゃ
 ※周囲30m高さ4mにも及ぶ『神座(かみくら)』と呼ばれる『さざれ石』がある。
生目神社(宮崎市)
 ※平家の武将平景清がくり貫いて空に投げた目が落ちた場所と云われる。

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tag : どんどやき 宮崎八幡宮 東国原 宮崎 都農神社 神武天皇 天の岩戸

(147)屋久杉の木霊(屋久島)

年始のご挨拶に
屋久杉』の木の精霊木霊』の映像が届きました。

屋久島屋久杉は、樹齢が五千年以上数える木もあり、樹齢が数千年ともなると、このように精霊が宿っている木があるようです。

これが、見えるといい事があるという縁起もののようですので、掲載してみました。

※樹齢1000年未満のものは現地では、屋久杉とは言わないそうです。

屋久杉木霊
屋久杉の精霊

今年一年、皆様によいことがありますように!

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tag : 屋久島 木の精霊 木霊 屋久杉 神の手

(146)讃岐国 今年の正月三ヶ日の人出

金刀比羅宮
金刀比羅宮

社 寺 名      延べ人数   前年増減 


  合   計 >>>>1,087,400>>92,500



金刀比羅宮>>>>>205,000 >>23,000


総本山 善通寺>>>>180,000>>10,000


讃岐一宮 田村神社>>155,000>>25,000


八栗神社・寺>>>>>120,000>>10,000


郷照寺>>>>>>>>115,500>>18,000


与田寺>>>>>>>>>65,000>>>6,200


石清尾八幡宮>>>>>>49,700>>4,500


滝宮天満宮>>>>>>45,000>>▲6,000


白峰寺>>>>>>>>>36,000>>>>500


田の口薬師 >>>>>>33,000>>>5,000


大窪寺>>>>>>>>20,700>>▲5,200


屋島寺>>>>>>>>20,000


冠纓神社>>>>>>>18,000


白鳥神社>>>>>>>14,000>>>1,500


雲辺寺 >>>>>>>>10,500



平成二十年一月五日 四国新聞朝刊より

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tag : 田村神社 八栗神社 滝宮天満宮 金刀比羅宮 石清尾八幡宮 冠纓神社

(145)初詣 安芸国一宮 厳島神社

平成20年1月5日(土)
安芸国一宮 厳島神社(宮島)に初詣し、彌山(みせん)に登りました。
※平安時代に、諸国におかれた一宮は、地方を治める為に、朝廷から派遣された国司が月に一度吉日を選び、参詣される最初の神社として繁栄した。- 安芸の宮島 -

厳島神社 大鳥居(高さ16m)
厳島神社(大鳥居)

安芸一宮 厳島神社 拝殿 (引き潮の状態)
安芸一宮 厳島神社 拝殿


初詣の賑わい
初詣の賑わい

※厳島神社由緒
厳島神社は、広島県廿日市市の厳島(宮島)にある神社。延喜式内社(名神大)・安芸国一宮で、1400年の歴史をもつ。旧社格は官幣中社。日本全国に約500社ある厳島神社の総本社である。
宗像三女神(市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命)を祀る。市杵島姫命は神仏習合時代に弁才天と習合しており、当社は江ノ島・竹生島とともに日本三弁天の一つとされている。厳島(いつくしま)は、市杵島(いちきしま)姫命が語源とも云われている。


拝殿に参拝の様子1
拝殿に参拝の様子1


拝殿に参拝の様子2
拝殿に参拝の様子2



弥山(みせん)にはロープウェイでも、昇れます。徒歩だと約2時間
弥山(みせん)ロープウェイ



くぐり岩
くぐり岩

厳島 弥山山頂の巨石群
厳島 弥山山頂の巨石群

上古よりこの島は、信仰の島であったと思われる。
夕方の大鳥居

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tag : 厳島神社 宮島 安芸一宮 彌山 弥山 初詣 安芸の宮島

(144)初詣 平成20年元旦 八社参り(午前9時〜正午)

謹賀新年
皆様旧年中は、大変お世話になりありがとうございました。
本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。
                        − さぬきの桃太郎 −

平成20年初詣八社参り
1.旧国幣中社讃岐国一宮 田村神社(高松市一宮町) 
田村神社は、和銅二年(紀元709年)勧請され、来年には創祀1300年を迎えます。

田村神社(鳥居と拝殿)
田村神社(鳥居と拝殿)


拝殿
拝殿

主祭神 倭迹迹日百襲姫命
田村大神:倭迹迹日百襲姫命



平成20年子年・大絵馬
平成19年子年・絵馬

拝殿前
1.讃岐一宮 田村神社


宇都伎社
宇都伎社


天満宮
天満宮
-讃岐国司であった菅原道真公が、上天神の橋詰屋形に宿泊して月に一度、讃岐一宮にご参詣された−


社務所(拝殿左) 
社務所


海軍少年飛行兵の碑と零式艦上戦闘機21型プロペラ
慰霊碑と零戦のプロペラ


十二音階の『壱越』と子
十二音階の『壱越』と子


桃太郎
桃太郎


田村神社、今年の三が日の人出は、15万5千人でした。
(参照:平成十九年13万人、
     平成十八年10万人、
     平成十七年 7万人)




2.滝宮天満宮(綾歌郡綾川町) 
旧讃岐国司『菅原道真公』屋敷跡(有岡屋形)本宅
2.滝宮天満宮

拝殿前
拝殿前

拝殿に参拝の様子
拝殿に参拝の様子

※FM高松が生中継の準備をしていました。

主祭神 菅原道真公
菅原道真


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(143)初詣 平成20年1月1日0時

平成20年初詣 八栗神社(高松市牟礼町)
八栗神社(平成19年午後11時30分頃)
八栗神社1

八栗神社(平成19年午後11時50分頃)
八栗神社2

八栗神社(平成20年午前0時頃)
八栗神社3

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(142)豊島(綿津見豊玉彦の島)

 豊島は、今ではごみの島という悪名がついたが、古代には瀬戸内海民族が、山神を祀る大三島(大山祇神社)とともに、海神(綿津見豊玉彦)を祀る島として信仰の象徴でした。
古事記」の国生み中にイザナギ命とイザナミ命により淡道之穂之狭別島(淡路)の次に生まれた伊予之二名島(四国)としてであり、二名とは山脈で二並びに分かれ、島は、体が一つで顔が四つありました。

讃岐の国 ― 米飯の魂をつかさどる男神で、飯依日子(イイヨリヒコ) 飯依比古

 粟の国  ― 五穀をつかさどる女神で、大宜都比売(オホゲツヒメ)

 土佐の国 ― 強健な魂をつかさどる男神で、建依別(タケヨリワケ」)

 伊予の国 ― うるわしい乙女の意の女神で、愛比売(エヒメ)

次に、隠伎之三子島(隠岐)が出来、その後に
筑紫島(九州)、この島も体が一つ地なのに顔が四つありました。
 

筑紫の国 ― 筑前築後のことで白日別(シラビワケ)
豊国   ―  豊前豊後のことで豊日別(トヨビワケ)
肥の国  ― 肥前肥後のことで建日向日豊久士比泥別(タケヒムカヒトヨクジヒネワケ)
熊曾の国 ― 熊曾族の住んだ地である建日別(タケビワケ)
次に、伊伎島(壱岐)、津島(対馬)、佐度の島(佐渡)、大倭豊秋津島(本州)と八つの島が生まれた。これらを総称して大八洲島と呼ぶ。

さらに、次のような島を生んだ。
吉備児島別名を武日方別(タケビカタワケ)、
小豆島(あずきじま)別名を大野手比売(オホノデヒメ)、
大島別名を大多麻流別(オホタマルワケ)、
姫島(大姫島・姪姫島※1)別名を天一根(アメヒトツネ)、
知訶島(直島諸島らしい※2)別名を天之忍男(アメノオシヲ)、
両小島(大槌島・小槌島※3)別名を天両屋(アメフタヤ)の六島です。

この六島を地図上で辿るとおもしろいことに気づきます。これらの島々の中央には豊島があるのです。それを裏付けるように豊島には数々の遺跡と伝承があります。豊島は、上古から備讃瀬戸の海人族の信仰の地だったのです。
豊玉彦神社
豊玉彦神社


 豊島は、豊玉姫命(姉)と玉依姫(妹)姉妹の父であるわたつみの命(海神・綿津見豊玉彦)を祀っていたためその名で呼ばれた。
 豊島の未申方位の神子ヶ浜(みこがはま※4)の海上には、付近の島々から参詣に来る石の鳥居が立っていました。(1970年代に嵐のため水没)
また、豊島最高峰(標高340m)の檀山(だんやま)には、豊峰権現神社が付近の、スダジイの森を水源とする島の霊泉(唐櫃地区の清水の霊泉)を守ってきました。

唐櫃の霊泉1
唐櫃の霊泉1

スダジイの森の保水力は、この島の霊泉を一年中枯れさせる事がない。
唐櫃の霊泉2
唐櫃の霊泉2



※1.男木島・女木島(大姫島・姪姫島)は、陰陽道の考えが入ってからの名前で、それ以前は大姫島(おぎじま)・姪姫島(めぎじま)でそれぞれ豊玉姫命(姉)と玉依姫(妹)を祀っていた為この名で呼ばれた。

※2.直島は、神功皇后の三韓征伐の時、吉備の豪族とこの地で待ち合わせた事から、真知島(まちのしま)の名で呼ばれていました。

※3.海の鳥居:往古より大槌島・小槌島の間の海底(槌ノ戸)には『竜宮』があると信じられ、その入り口は、下笠居の亀水(たるみ)とされた。亀水の隣には生島(いくしま)地区があり、『古語拾遺』には大八洲島の霊が宿るところとある。男木島にある豊玉姫神社は南に向いているし、上段中段の鳥居も南からの参拝者を、迎えている。ところが参道はそのまま南に下りず、西に向かうのである。そして、下段の鳥居から西の海上を眺めた時、なんとそこには大槌島・小槌島が海上の鳥居のごとく出現するのである。夕日が、西の海上に沈む時、正に豊玉姫神社の鳥居から眺めた夕日は大槌・小槌の鳥居の間に沈んでいくのである。神秘的光景です。

※4.神子ヶ浜には、鵜葺草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)ご生誕の伝説が残る。

 彦火火出見命(山幸彦)が海神の綿津見豊玉彦の勧めで龍宮に赴いた際、豊玉姫命はその妃となり、山幸彦が帰国したのち、あとを追って来て、山幸彦の国で御子を産みたいと告げる。そして神子ヶ浜に産屋を建て、山幸彦に中を覗かないように禁じて産屋に籠った。しかし、産屋が出来上がらないうちに御子が産まれ、山幸彦は好奇心を抑えられず、覗き見してしまうと、出産中の豊玉姫命は八尋鰐と化していた。姫は正体を見られたのを恥じ、御子・鵜葺草葺不合命を置いて、父の海神のもとへ帰ってしまう。しかし、恋しい夫と御子のことが忘れられず、妹の玉依姫命に御子を養育させるべく、彦火火出見命のもとへ赴かせる。
豊島でご生誕の鵜葺草葺不合命が、神武天皇の父となられます。

豊峰権現1
豊峰権現神社の鳥居から本殿までの参道



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tag : 豊島 綿津見 豊玉彦 豊玉姫 玉依姫 彦火火出見 鵜葺草葺不合 神武天皇

(141)田村神社に日本画を奉納 平成19年4月3日

田村神社に日本画を奉納−水をきれいにする会

 河川の美化活動などに取り組む「さぬきの水をきれいにする会」(会長:平井二郎)の有志らが平成19年4月3日、高松市一宮町の田村神社に主祭神を描いた日本画を奉納した。同神社の祭神は水や五穀豊穣(ほうじょう)の神様とされており、同神社は「今まで祭神を分かりやすく表現した図画はなかった。本殿の目立つ場所に飾りたい」としている。
 祭神は、第七代孝霊天皇の皇女「倭迹迹日百襲姫命」。祭神画は同会のメンバーで、画家やデザイナーとして活躍する萱原友美さん(四六)=高松市香川町=が制作した。女性らしい柔和な表情で雲の上から見守る様子を表現している。

 萱原さんは、2005年12月の同会の集まりで百襲姫の話を知り、感銘を受けた。以降、葬られたとされる奈良県の箸墓(はしはか)古墳などを取材。昨年二月には、十二単(ひとえ)を身に付けた在りし日の百襲姫の想像画を寄贈した。

 祭神画の大きさは、縦2.38メートル、横1.38メートル。絵絹に岩や泥を原料とした絵の具で色付けした。萱原さんは「絵の具を溶く水に神社の井戸水を使うなど古来の技法にこだわった。百襲姫をより多くの人に知ってもらいたい」と話している。(四国新聞の記事より)
※奈良県広陵町の箸墓古墳は、全長約280m。日本最古の古墳の一つとされる。

倭迹迹日百襲姫命(心霊画)

第七代孝霊天皇の皇女であり、田村神社主祭神の倭迹迹日百襲姫命
讃岐一宮田村神社の本殿に奉納されています。お参りされた後、是非ご覧下さい。

倭迹迹日百襲姫命(心霊画)

倭迹迹日百襲姫命

田村大神 = 倭迹迹日百襲姫命

田村大神 = 倭迹迹日百襲姫命
(たむらのおおかみ) (やまと ととひ ももそひめのみこと)

平成21年には、新しい鳥居が完成

平成21年には、新しい鳥居が完成!



新しい鳥居の顔も、準備完了!

新しい鳥居の顔も、準備完了!

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tag : 田村神社 倭迹迹日百襲姫命 百襲姫

(140)讃岐一宮 田村神社 節分祭

讃岐一宮 田村神社 節分
節分祭の田村神社

今年も3万人の人出がありました

豆まき 
《今年のゲスト》 あおい輝彦
《スケジュール》
      1回目 10時30分〜
      2回目 12時00分〜
      3回目 13時30分〜
      4回目 14時30分〜

鬼やらい(どんど焼き)18時00分〜
鬼やらい1


鬼やらい2


※来年は、加藤剛さんが来るそうです。

桃太郎さんの豆まき

福甘酒振る舞い

さぬき国のきびだんご販売(名物かまど)

福豆販売(氏子各位)

ラジオ生中継《西日本放送1449kHz》 
内容:菅原道真公と桃太郎
10時〜10時30分、 12時〜14時
桃太郎 上村教授 脇田アナ あおい輝彦  (ラジオ特設スタジオにて)
ラジオ生中継


讃岐一宮 田村神社 ご神体深淵のお話

「底なしの淵」は,奥殿の下にある田村神社のご神体です。水と田の神さまの田村神社の奥殿は少々他の神社とはおもむきを異にしている。拝殿、幣殿、もうひとつ奥の本殿ともっとも低いのが,神さまをお祀りしてある奥殿なのです。
 もっとも棟の低い奥殿の下が,絶対に見ることができないという「底なしの淵」。盛夏といえども凄冷の気満つるところと伝えられているが,決してのぞいてはならない神淵です。
 むかし、松平頼重公の命により,明暦元年田村神社の修理改築の折、普請奉行の竹内斉庵は神官の田村隼人に神淵を拝観したいと願った。隼人は止めようとしたが聞き入れない。
うかがい見た斉庵は凄愴の気にうたれ、にわかに心地悪くなり、駕籠で家に帰り寝こんでしまいそれからしばらくして息絶えてしまった。
 この話は,まだ続く。「底なしの淵」を木枠で囲い蓋をする。その穴から大工がのみを落しこんだところ、そのなかのものが差し出してくれたが、大工は恐ろしくて手で受け取ることができず、おそるおそる足で挟んで持ちあげた。ところがそれがわるかった。奉行も,大工もわずかばかりの患いであえない最期を遂げてしまった。
 普請の最中に,「底なしの淵」に不敬があったということで二人のものが命を落してしまった。まこと,生神のしるしであるとすべての人が恐れ慎んだ。奥殿が創祀約千三百年近くなるがまだ誰も深淵を覗き無事だった者はいないと云われています。

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tag : 節分 豆まき きびだんご どんど焼き あおい輝彦 加藤剛 鬼やらい

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