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(209)筑後國一宮 高良大社

延喜式内社名神大社 旧国幣大社 高良大社
 
高良山(こうらさん)は、耳納(みのう)連山の最西端標高312mの端山。山頂には、中世の征西将軍、懐良(かねなが)親王の毘沙門嶽城跡がある。
高良神社
高良大社 一の鳥居(福岡県久留米市御井町)
【明神鳥居 高さ6.81m 柱間4.5m】

高良神社

高良大社
地図
高良神社

高良大社

高良神社
高良大社 二の鳥居
高良大社
※このあたりに車を停めて不規則な石段を、登る方が多いようです。

高良神社   高良神社

高良大社

高良神社

高良大社

高良神社

高良神社
高良大社の樟樹

高良神社

高良神社

高良神社

神鶏
神籠石伝説厄除け鬼
高良の神様が白い鶏の姿になって悪い鬼を退治なさったという伝説が伝わる。

高良大社

ご祭神
主祭神高良玉垂(こうらためたれ)命・豊比(とよひめ)命
左相殿:八幡大神
右相殿:住吉大明神

高良大社

高良大社高良大社
高良大社高良大社

高良神社

高良大社
表額 高良玉垂宮

高良大社

高良山内に至聖の霊地が三ヵ所ある。
(それぞれ上・中・下の磐座とされる)
一、水分(みくまり)神社・・・
  山頂付近の毘沙門谷にあり、別所の清水とも呼ばれ奥宮とされる。

二、神籠(こうご)石 ・・・
  七町付近の大磐石で、山腹の古代山城の列石内にあり、祭神の神馬の蹄の跡がある。水神、農業の神とされる。

三、味水御井(うましみずみい)神社 ・・・
  朝妻の泉と呼ばれ、池中には神体石がある。神幸は、征韓のとき、本社祭神がこの池に下り、神宮皇后を助けたことに由来する。

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theme : 福岡
genre : 地域情報

tag : 高良大社 馬蹄石 神籠石 厄除け鬼 久留米

(199)備中國一宮 吉備津神社

延喜式内社備中國一宮 吉備津神社 (旧 官幣中社)

岡山市北区吉備津931番地
※出雲大社・厳島神社とともに中国地区を代表する神社

備中國一宮 吉備津神社
参道に沿った道路から眺めた吉備の中山。この麓に吉備津神社はご鎮座している。
幕末の漢学者で詩人の頼山陽もこの山の風景を愛し、山の形が鯉に似ていることから『鯉山(りざん)』と呼んだそうです。

備中國一宮 吉備津神社
矢置岩
矢置石


備中國一宮 吉備津神社
石段を登ると、北随神門があります。
備中國一宮 吉備津神社

備中國一宮 吉備津神社
北随神門
備中國一宮 吉備津神社
拝殿前から眺めた北随神門
備中國一宮 吉備津神社

備中國一宮 吉備津神社

備中國一宮 吉備津神社
拝殿

備中國一宮 吉備津神社
備中國一宮 吉備津神社
(吉備津造りと呼ばれる正面七間、側面八間の本殿)
この本殿の右が妻入りの拝殿です。

御祭神
大吉備津彦命(五十狭芹彦命)

相殿
刺方別彦命
倭飛羽矢若屋比賣命
千千速比賣命
倭迹迹日百襲姫命
御友別命
若日子建吉備津命 (峡島彦命)
中津彦命
寤間彦命

※日子 = 彦
備中國一宮 吉備津神社   備中國一宮 吉備津神社

備中國一宮 吉備津神社   備中國一宮 吉備津神社
本殿内部は、外陣、朱の壇、中陣、内陣、内々陣と別れており、中央にいくにしたがって、床も天井も高くなり天井の模様も異なる。外陣と中陣の大部分は天井を張らない化粧屋根裏で、中陣の前面一間通と朱の壇は格縁天井を張り、内々陣は舟底天井となっている。

備中國一宮 吉備津神社   備中國一宮 吉備津神社

備中國一宮 吉備津神社   備中國一宮 吉備津神社   
いちょう神木

 ※神話※桃太郎伝説 

 第十代景行天皇の御代、遠國の中にはいまだ大和の国に従わない地域が多くあった為、皇族の中から四将軍が選ばれ北陸道・東海道・丹波道・山陽道に派遣されました。
 第七代孝霊天皇の皇子であった五十狭芹彦命とその異母弟の峡島彦命の二人が山陽道に派遣されました。

 当時の吉備國は、元百済の王子であった吉備國の鬼神『温羅(うら)』が吉備冠者と呼ばれ後の備前・備中・備後・美作の広範囲に渡り勢力を拡大していました。温羅は、両目は虎のようにらんらんと輝き、真っ赤な髪を茫々と伸ばし、長い髭に身の丈は一丈四尺に及んだと伝わっています。備中の新山に住み、城を岩根山(鬼ノ城)に築き、都への貢物を奪い、婦女子をさらい、暴虐のかぎりを尽くしたので、人々は恐れ朝廷に訴えた。それに対し朝廷は、度重なり武将を派遣したが、温羅のために敗戦を繰り返していました。

 朝廷側の切り札が、四道将軍の一人、武勇の誉高い五十狭芹彦命と峡島彦命でした。大軍を率いた命は、吉備中山(現吉備津神社)に本陣を置き、西は片岡山に石盾城(現盾築神社(倉敷市矢部向山))を築いた。

 激しい戦いが始まり、命が射た矢は不思議に温羅の矢と空中であたり海に落ちた。今度は、神力を現し強弓に二本の矢をつがえて同時に放ったところ、一本の矢は前のように温羅の矢と絡み合ったが、もう一本は見事に温羅の左目を貫いた。血はドウドウと流れ、川となった。その名残が血吸川と云われる。
 
 傷ついた温羅は、雉となり山中に逃げると、命は鷹となりこれを追った。追われた温羅は鯉となり血吸川に逃げ込むと、命は鵜となりこれを捕まえた。倉敷市矢部にある鯉喰神社がその場所と伝わっています。

 命は、鬼神温羅の首をはね、現岡山市首部に串にさして曝したのち、家来の犬飼武(いぬかいたける)に命じ犬に食わせたが、髑髏(どくろ)になっても温羅は吼え続けたといいます。

 吼え続ける髑髏を、命は現在の吉備津宮の「かまど」の地下八尺に埋めたが、唸りは十三年間止まなかった。ある夜、命の夢枕に温羅が現れ『わが妻の、阿曾郷の阿曾媛に釜殿の神饌(みけ)を炊がしめよ。幸あれば豊かに鳴り、禍あれば荒らかに鳴るであろう。』と伝えたという。故に、御釜殿は温羅の霊を祀り、神社では、今でも「鳴釜の神事」を行っている。これが、岡山の桃太郎伝説となっていきました。
鳴釜の神事   鳴釜の神事

 五十狭芹彦命は、当國に留まり温羅の呼称『吉備冠者』の名を採り、大吉備津彦と峡島彦命は若日子建吉備津彦命と名乗るようになリました。(兄が祭祀担当、弟が軍事担当として、兄弟で派遣されたと思われます。)

 後に、姉の『倭迹迹日百襲姫命』から治めていた讃岐國が海賊(鬼)に襲われていると援助の要請があり、吉備津彦命兄弟は姉を援けに向いました。これが、讃岐の桃太郎伝説です。家来の犬は犬島(岡山市犬島)の住人、猿は猿王(香川県綾川町)の住人、雉は雉ヶ谷(高松市鬼無町)の住人と云われています。

若日子建吉備津彦命は、相当強かったらしく、その支配地にはをつけたことから『笠臣』とも呼ばれました。(笠岡・下笠居・笠田etc.)後に伊予國造となり、小千御子そして孫の天峡貫命(あめのさぬきのみこと)と繋がります。これを祖とし河野氏・越智氏・井門氏に分かれたと云われています。(若日子建吉備津命の孫にさぬきの字があるのは・・・。)

また、備中一宮讃岐一宮もその天門の方位(乾)に、の付く地名を有するのは、・・・・・・・。

 
 
 
 


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theme : 岡山県
genre : 地域情報

tag : 吉備津神社 頼山陽 五十狭芹彦命 温羅 倭迹迹日百襲姫命

(198)丹後國一宮 籠(この)神社

丹後國一宮 籠神社(籠宮) 旧官幣中社 元伊勢籠神社
古称:吉佐宮(よさのみや)
京都府宮津市字大垣430

籠宮
父がお参りしてきましたので、掲載しました。

籠宮
籠宮 一の鳥居

籠宮
まだ伊勢神宮が創建されていない祟神天皇の頃、現在の奥宮(真名井原まないはら)に宮中から天照皇大神のご神霊が遷され、神代の時代からご鎮座されていた豊受大神とともに『吉佐宮』の名で祀られたことから『元伊勢』と呼ばれている。

籠宮
籠宮 神門

主祭神
 彦火明命(天火明命)
相殿
 豊受大神(月読)
 天照大神
 海神
 天水分神

籠宮
ご祭神の彦火明命が籠に乗って雪の中に現れたから「籠宮」という社名になったとか、籠にのって海神の宮を訪れたという故事から名が付いたとか伝わっています。

籠宮

本殿は、神明造り。高欄の五色の座玉は、伊勢神宮と籠神社しか許されず、高い格式を示している。宮司の海部氏は、八十二代を数え、「海部氏系図」(国宝)は、日本最古の系図と云われている。



※広島県知事選挙11月8日即日開票、無所属の湯崎英彦氏(44) 初当選 !!

theme : 京都
genre : 地域情報

tag : 吉佐宮 真名井原 豊受大神 天照皇大神 神明造り 天火明命 湯崎英彦

(196)豊後國一宮 西寒多神社(ささむた)

豊後國一宮 西寒多神社国幣中社
大分県寒田1644

応神天皇九年四月創祀、武内宿禰勅命を奉じ西寒多山上(本宮山)に宮殿を建立。延喜式内社の大社として国司をはじめ、大友能直公、宗麟公の崇敬を受けた。現在は、平戸つつじや大分市の天然指定樹の樹齢450年余りのふじで知られる。

西寒多神社
西寒多神社(下寒田鳥居) ここから寒田川に沿って参道を進む。
西寒多神社(満年橋)
西寒多神社(萬年橋)

西寒多神社(遠景)
西寒多神社(遠景)

豊後國一宮 西寒多神社
豊後國一宮 西寒多神社

西寒多神社(参道)
西寒多神社(参道)

西寒多神社(手水舎)
西寒多神社(手水舎)

西寒多神社(境内)
西寒多神社(境内)

西寒多神社(拝殿)
西寒多神社(拝殿)

西寒多神社 西寒多神社
拝殿

ご祭神
 月読尊(つきよみのみこと)        心の神
 西寒多大神(ささむたのおおかみ)=天照大御神   
 天忍穂耳命(あまのおしほみみのみこと)


西寒多神社(本殿) 

相殿
 応神天皇
 神功皇后
 武内宿禰

西寒多神社
西寒多神社(神楽殿の装飾) 

殿内所在諸神
伊弉諾大神・伊弉冊大神   (縁結びの神)
大直日大神・神直日大神   (厄除け、交通安全の神)
天思兼大神           (知恵の神、学業の神)
大歳大神・倉稲魂大神     (農業、食物の神)
軻遇突知大神          (火の神,荒神さま)
天児屋根命           (祭祀の神、国土鎮護の神)
経津主神             (必勝、合格の神)

お祭り:岩戸神楽・夏越祭の茅の輪くぐり、形代流し、御神幸祭火渡り神事・みそぎ儀式

theme : 大分県情報
genre : 地域情報

tag : 月読 大分 豊後

(183)長門國一宮 住吉神社

長門一宮 住吉神社 官幣中社
下関市一の宮住吉1-11-1
長門一宮 住吉神社
長門一宮 住吉神社 大鳥居

長門一宮 住吉神社   長門一宮 住吉神社

長門一宮 住吉神社   長門一宮 住吉神社
長門一宮 住吉神社

長門一宮 住吉神社   長門一宮 住吉神社

長門一宮 住吉神社
長門一宮 住吉神社 手水舎

長門一宮 住吉神社

長門一宮 住吉神社   長門一宮 住吉神社

長門一宮 住吉神社
長門一宮 住吉神社 拝殿

長門一宮 住吉神社   長門一宮 住吉神社

長門一宮 住吉神社
長門一宮 住吉神社 本殿
九間社流れ造り
長門国の守護であった大内弘世が造営、五つの社が四つの相の間で繋がっています。

御祭神と御神徳

第一殿 住吉大神(すみよしのおおかみ) 荒魂(あらみたま) 
  表筒男命(うわつつのおのみこと)
  中筒男命(なかつつのおのみこと)
  底筒男命(そこつつのおのみこと)
         お祓いの神・交通の神・開運の神

第二殿 応神天皇(八幡大神)
         産業の神

第三殿 武内宿禰命(高良明神)
          長寿の神

第四殿 神功皇后(息長帯比売神)
          安産の神

第五殿 建御名方命(諏訪明神)
           武道の神


仲哀天皇の九年(200年)神功皇后が再び現れ、
『吾和魂は、玉身の寿命を守り、荒魂は、軍船を導かん』とのご教示により大神を守り神として進軍いたし、その神助により交戦することなく戦勝したそうです。

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theme : 山口県
genre : 地域情報

tag : 長門一宮 住吉神社 荒魂 大内弘世 住吉大神 和魂 神功皇后

(182)筑前國一宮 住吉神社

筑前一宮 官幣小社 住吉神社

筑前一宮 住吉神社
筑前一宮 住吉神社 西鳥居

筑前一宮 住吉神社  筑前一宮 住吉神社
筑前一宮 住吉神社 参道

筑前一宮 住吉神社
筑前一宮 住吉神社 神門

筑前一宮 住吉神社   筑前一宮 住吉神社

筑前一宮 住吉神社
筑前一宮 住吉神社 仮拝殿

筑前一宮 住吉神社
筑前一宮 住吉神社 拝殿内

ご祭神
住吉五所大神
  主祭神 住吉三神
   表筒男命(うわつつのおのみこと)
   中筒男命(なかつつのおのみこと)
   底筒男命(そこつつのおのみこと)
  
  相殿
   天照大神
   神功皇后

筑前一宮 住吉神社
 この神社は、全国の住吉神社の始原の神社とされています。  
 ご祭神の住吉三神は、伊邪那伎神が禊祓いをされたときに、天照大神の後に生まれた神々です。神功皇后の三韓征伐の折、船団を守り導いたとされ、航海安全の神として祀られています。
 三韓征伐の成功とともに、この地に住吉三神和魂(にぎみたま)と荒魂(あらみたま)が祀られ、この後長門に立ち寄られたとき『荒魂』を、摂津に到着したとき『和魂』を祀ったと伝わっています。



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theme : 九州(福岡・佐賀・長崎・熊本・大分・宮崎・鹿児島)・沖縄地方の各県の路線案内
genre : 地域情報

tag : 筑前一宮 住吉神社 住吉三神 和魂 荒魂 神功皇后

(179)石見國一宮 物部神社(もののべ)

石見国一宮 物部神社 (島根県大田市)式内社、旧社格は国幣小社。
物部神社

物部氏初代の宇摩志麻遅命を主祭神とし、相殿に物部氏祖神の饒速日命、布都霊神、天御中主大神、天照皇大神を祀る。
石見一宮 物部神社 石見一宮 物部神社
 
社伝によれば、饒速日命の御子の宇摩志麻遅命は、神武天皇の東征の際、義理の兄の長髄彦を殺害し、その功績で神剣韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)を賜った。また、宇摩志麻遅命神武天皇即位の際、五十串(いほぐし)をたて、韴霊剣・十種神宝を奉斎し、天皇のために鎮魂宝寿を祈願した。これが当社の特殊神事の鎮魂祭(みたましずめのまつり)の起源である。
石見一宮 物部神社 石見一宮 物部神社

宇摩志麻遅命は、その後一族を率いて美濃国・越国を平定した後に石見国で歿し、現在の社殿の背後にある八百山に葬られ、継体天皇8年、天皇の命によって八百山の南麓に社殿が創建されたと伝えられる。

石見

宇摩志麻遅命物部氏の祖神である。宇摩志麻遅命の父である饒速日命は十種神宝(とくさのかんだから)を奉じ、天磐舟(あめのいわぶね)に乗って大和国哮峯(いかるがみね)に天降り、ここで勢力のあった長髄彦の妹の御炊屋姫命(みかしきやひめのみこと)を娶り、宇摩志麻遅命を生んだとされる。

石見一宮 物部神社

宇摩志麻遅命が石見国に鶴に乗って降臨したとも伝えることから、当社の神紋は赤い太陽を背景に鶴の「日負い鶴」である。

石見


延喜式神名帳では小社に列し、石見国一宮として歴代領主の崇敬を受けた。かつての社家の金子氏は「石見国造」と呼ばれ、この地の物部氏の長とされた。物部氏は、古から金属と関係を持つ一族とされ、物部神社も、銀山のあった石見や金山のあった佐渡に建立されている。

石見

物部神社腰掛石
折居田のお腰掛石
物部神社腰掛石

 昔物部神社の御祭神宇麻志摩遅命(うましまじのみこと)が白い鶴に乗ってこの川合に天降られましたそのところを鶴降山(つるぶやま)といいます。鶴降山から国見をされていたところ八百山(やおやま(神社の後山))が大和国の天の香具山に良く似ているので八百山の麓にお住まいになられることになりました。
 このとき鶴降山から白い鶴に乗って降りてこられたところを折居田といいます。折居田には御祭神が腰を掛けられたと言う大きな岩がありました。
 また、昔から大きくもならず枯れもしないと言う一本の桜の樹がありました神社から六百メートル位の所に石碑が建っています。


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theme : 島根県
genre : 地域情報

tag : 物部神社 宇摩志麻遅命 石見銀山 神武天皇 物部氏 富金石

(168)伊予國一宮 大山祇神社

しまなみ街道 大三島から生口島を臨む
大三島から生口島(尾道市 観音山472m)を臨む

しまなみ街道 
多田羅大橋しまなみ街道(井口港より)

大三島
鷲ヶ頭山(436.5m)
石碑 石碑 説明
表忠碑(乃木希典)心中を三字に托して創造した書
表に忠の志を石(意志)の硬いを以って家の定めとする。

大山祇神社の大鳥居
大山祇神社の大鳥居
伊豫国一宮 大山祇神社
伊豫国一宮 大山祇神社

大山祇神社 大山祇神社

大山祇神社 大山祇神社
大楠

大山祇神社  大山祇神社 
十七神社               手水舎
大山祇神社

大山祇神社
神門

大山祇神社
神門

大山祇神社 ご由緒
大山祇神社 ご由緒

大山祇神社 拝殿
大山祇神社 拝殿

大山祇神社 拝殿正面
大山祇神社 拝殿

大山祇神社 拝殿内 大山祇神社

大山祇神社  
ご祭神 大山積大神

中山祇命麓山祇命・他 十二柱

《御子神》
天之狭土神(アメノサヅチノカミ)
國之狭土神(クニノサヅチノカミ)
天之狭霧神(アメノサギリノカミ)
國之狭霧神(クニノサギリノカミ)
天之闇戸神(アメノクラドノカミ)
國之闇戸神(クニノクラドノカミ)
大戸惑子神(オオトマトヒコノカミ)
大戸惑女神(オオトマトヒメノカミ)

もともと山の神だが、河野・越智等三島水軍の守護神として尊崇された事から海上保護の神として祀られる。

※本来、大山祇神は山神であり、綿津見神が海神である。
(山の神を祀る大三島が島なのは、元々海民族の信仰からと考えられる。)

※御祭神の、大山積大神は天孫降臨の主役、天饒石国饒石天津日高彦火瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)の妻である木花咲耶媛尊(コノハナサクヤヒメ)の父君にあたります。


大山祇神社 下津社 本殿左
下津社                  本殿左面

上津社 本殿右
上津社                  本殿右面

大山祇神社 大山祇神社

大山祇神社 大山祇神社

大山祇神社 大山祇神社

大山祇神社 大山祇神社

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theme : 四国情報
genre : 地域情報

tag : 大山祇神社 大三島 三島水軍 中山祇命 麓山祇命

(166)日向國一宮 都農神社(つの)

都農神社鳥居
都農神社
宮崎県児湯郡農町大字川北

※この社は、社伝によれば、神武天皇の東征出発の折、宮崎宮からこの地に留まり一祠を建て、賊徒平定戦勝祈願の為、祈った事が始まりとされている。

鎮守の森 都農神社鳥居

鎮守の森 境内の参道

随身門

社務所 神楽殿

拝殿

御由緒
主祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)
  別名:大国主命(おおくにぬしのみこと)

紀元666年 創始
拝殿  本殿と拝殿

拝殿内
拝殿内
日本庭園  本殿

素盞嗚社  手摩乳・足摩乳社
<摂社>
素盞嗚社(素盞嗚命
手摩乳・足摩乳社(手摩乳命足摩乳命

神輿庫  神輿庫内

表書:神楽殿  表書:神輿庫
神楽殿(かぐらでん)     神輿庫(みこしぐら)

theme : 宮崎
genre : 地域情報

tag : 都農神社 大己貴命 大国主命 素盞嗚命 手摩乳命 足摩乳命

(163)備後國一宮 吉備津神社

備後一宮 吉備津神社(三備の一宮の一つ)
地元では、一宮(いっきゅう)さんと親しまれる。
御池
昔、参拝の前に禊(みそぎ)を行ったといわれる御池

御池の参道 道路沿いの看板

鳥居   
備中一宮 吉備津神社からご分祀され千二百年 !

この大鳥居は慶長元年(1648)福山城主水野勝成公が誠心こめてご本殿以下ご寄進ご再建された時のもので、第107代後陽成天皇の皇子、尭然法親王の御書により、銅の扁額が揚げてあります。(社記)

千二百年祭

随身門
随身門
全国で随身門が二つあるのは備後一宮吉備津神社だけです。神無月(10月)には全国の八百万神々が、出雲へ集合し神政(神の政治)を開いた折、吉備津彦命のみが欠席され、どうしたものか心配された大国主命は二人の使者を備後国に派遣されました。備後国は、大祭の最中でこの二人の使者は歓待を受け、以後、吉備津彦命の親衛の門守として末永く使えることとなり、上下の随身門が造られたという伝説があります。
以来、備後も出雲とともに十月を神有月と云うそうです。(社記)
参道 境内駐車場
参道                   公孫樹(天然記念物)

千二百年祭
二つめの随身門

大山祇神社
大山祇神社

手水舎
手水舎

桃太郎の石像発見!
桃太郎の石像発見!

桃太郎   桃太郎

ご由緒

四所神社・秋紫神社   神楽殿

境内   神楽殿内

境内   境内

拝殿

ご祭神
吉備津彦命・稚武吉備津彦命


拝殿

拝殿内   拝殿内

拝殿内   拝殿

theme : 広島
genre : 地域情報

tag : 備後一宮 吉備津神社 吉備津彦命 大国主命 後陽成天皇

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