(149)平成20年 讃岐一宮 節分祭
早朝から雪化粧 AM7:15 (高松市檀紙町薬王寺あたり)

今日は、讃岐一宮 田村神社の、『節分祭』です。
こちらの社では、毎年、曜日に関係なく二月三日に節分祭を行っています。

※節分とは、季節と季節の変わり目を云い、節分祭は季節が冬から春に変わっていく節目という事で、立春の前の日に行われる行事です。
田村神社の節分祭は、御祭神の一柱である五十狭芹彦命彦(吉備津彦命)の鬼退治伝説を、後世に伝えています。
拝殿前の飾りつけ

身代わり鬼
(お札に心の鬼を託し節分祭の最後に焼きます)


いよいよ豆まき!今年のゲスト:加藤剛
(時代劇の大岡越前の大岡忠相役が有名)

加藤剛さんと実子の夏原遼、頼三四郎の三名が10時30分〜15時まで5回豆まきをするそうです。
小雨(雪)の中、朝から大観衆

讃岐国桃太郎保存会も、神主に御祓いをしていただいてから『豆まき』に向います。



讃岐国 桃太郎保存会の豆まき


讃岐国 桃太郎保存会

桃太郎保存会も『名物かまど』さんにお願いして、『さぬきの国のきびだんご』、『招福豆(和菓子)』、『恵方ロール(ロールケーキ)』、古代米が入った『いにしえの恋しるこ』を販売して節分祭を盛り上げていただきました。
招福豆(名物かまど) = 今日のために作っていただいた新商品。

さぬきの国のきびだんご(名物かまど)

きびだんごと恵方ロールは完売でした。皆さま、ご協力ありがとうございました。
巫女さんポーズ!

RNCラジオも生中継 !
まん中が、加藤剛 (本当に、まじめな方でした!!)奥の二人が、息子さんたちです。

笑福亭小つる師匠・熊谷アナも小雨降る中頑張っていました。



※讃岐国を治めた代表的な国司の紀夏井・菅原道真も滝宮の有岡屋形(国司の居)から月に一度吉日を選び、天皇に代わり讃岐一宮を参詣するのが当時の重要な仕事でした。参詣のための宿泊所が今の上天神にあり、『橋詰屋形』と呼ばれていました。



※18時からの『鬼やらい』の儀式で、身代わり鬼を焼き『節分祭』の終了です。

※今年は、日曜日でしたが小雪まじりの雨の影響で、約3万人の人出だったそうです。
節分祭が、終わると讃岐平野に春が訪れます。
※5月7、8日 春季例大祭 御蚊帳垂神事 [おかちょうたれのしんじ]

今日は、讃岐一宮 田村神社の、『節分祭』です。
こちらの社では、毎年、曜日に関係なく二月三日に節分祭を行っています。

※節分とは、季節と季節の変わり目を云い、節分祭は季節が冬から春に変わっていく節目という事で、立春の前の日に行われる行事です。
田村神社の節分祭は、御祭神の一柱である五十狭芹彦命彦(吉備津彦命)の鬼退治伝説を、後世に伝えています。
拝殿前の飾りつけ

身代わり鬼
(お札に心の鬼を託し節分祭の最後に焼きます)


いよいよ豆まき!今年のゲスト:加藤剛
(時代劇の大岡越前の大岡忠相役が有名)

加藤剛さんと実子の夏原遼、頼三四郎の三名が10時30分〜15時まで5回豆まきをするそうです。
小雨(雪)の中、朝から大観衆

讃岐国桃太郎保存会も、神主に御祓いをしていただいてから『豆まき』に向います。



讃岐国 桃太郎保存会の豆まき


讃岐国 桃太郎保存会

桃太郎保存会も『名物かまど』さんにお願いして、『さぬきの国のきびだんご』、『招福豆(和菓子)』、『恵方ロール(ロールケーキ)』、古代米が入った『いにしえの恋しるこ』を販売して節分祭を盛り上げていただきました。
招福豆(名物かまど) = 今日のために作っていただいた新商品。

さぬきの国のきびだんご(名物かまど)

きびだんごと恵方ロールは完売でした。皆さま、ご協力ありがとうございました。
巫女さんポーズ!

RNCラジオも生中継 !

まん中が、加藤剛 (本当に、まじめな方でした!!)奥の二人が、息子さんたちです。

笑福亭小つる師匠・熊谷アナも小雨降る中頑張っていました。



※讃岐国を治めた代表的な国司の紀夏井・菅原道真も滝宮の有岡屋形(国司の居)から月に一度吉日を選び、天皇に代わり讃岐一宮を参詣するのが当時の重要な仕事でした。参詣のための宿泊所が今の上天神にあり、『橋詰屋形』と呼ばれていました。



※18時からの『鬼やらい』の儀式で、身代わり鬼を焼き『節分祭』の終了です。

※今年は、日曜日でしたが小雪まじりの雨の影響で、約3万人の人出だったそうです。
節分祭が、終わると讃岐平野に春が訪れます。
※5月7、8日 春季例大祭 御蚊帳垂神事 [おかちょうたれのしんじ]
讃岐一宮 御祭神
主祭神 倭迹迹日百襲姫命
五十狭芹彦命 (吉備津彦命)
猿田彦大神
天隠山命 (高倉下命)
天五田根命 (天村雲命)
以上五柱の総称を田村大神と申す
倭迹迹日百襲姫命は皇祖第七代孝霊天皇の皇女で崇神天皇の御代に疫病で人々が苦しむのを救い、また武埴安彦の謀反を予知し未然に防ぐなど数々の勲功を上げた事により百襲(襲は勲功の約)の名を負う。後五十狭芹彦命と西海鎮定の命を奉じて讃岐國に下り農業殖産の開祖神となった。御陵(昼は人が造り夜は神がこれを造ったといわれ箸の陵といわれている)は大和国城上郡大市村にある。
五十狭芹彦命は倭迹迹日百襲姫命の弟に当たり、四道将軍の一人で西海を鎮定し吉備国の祖神となった。
猿田彦大神は皇孫瓊瓊杵尊降臨のとき天の八衢に出迎えて先導を申し出、道途の安全を守護した神でこの神の向かうところはいかなる禍神も恐れて避け奉ったといわれ方除神として神威まことに偉大である。
天隠山命は皇祖神武天皇の御東征の際、窮地を救った神で後に御子天五田根命と共に紀伊国より当国に渡り山河をもって国郡の境界を分つなど開拓水利の基を定めた。
加藤剛ファミリィの豆まき

讃岐国 桃太郎保存会 (名物かまど)

讃岐の国 七福神 (皆さんが、幸せになりますように!)

主祭神 倭迹迹日百襲姫命
五十狭芹彦命 (吉備津彦命)
猿田彦大神
天隠山命 (高倉下命)
天五田根命 (天村雲命)
以上五柱の総称を田村大神と申す
倭迹迹日百襲姫命は皇祖第七代孝霊天皇の皇女で崇神天皇の御代に疫病で人々が苦しむのを救い、また武埴安彦の謀反を予知し未然に防ぐなど数々の勲功を上げた事により百襲(襲は勲功の約)の名を負う。後五十狭芹彦命と西海鎮定の命を奉じて讃岐國に下り農業殖産の開祖神となった。御陵(昼は人が造り夜は神がこれを造ったといわれ箸の陵といわれている)は大和国城上郡大市村にある。
五十狭芹彦命は倭迹迹日百襲姫命の弟に当たり、四道将軍の一人で西海を鎮定し吉備国の祖神となった。
猿田彦大神は皇孫瓊瓊杵尊降臨のとき天の八衢に出迎えて先導を申し出、道途の安全を守護した神でこの神の向かうところはいかなる禍神も恐れて避け奉ったといわれ方除神として神威まことに偉大である。
天隠山命は皇祖神武天皇の御東征の際、窮地を救った神で後に御子天五田根命と共に紀伊国より当国に渡り山河をもって国郡の境界を分つなど開拓水利の基を定めた。
加藤剛ファミリィの豆まき

讃岐国 桃太郎保存会 (名物かまど)

讃岐の国 七福神 (皆さんが、幸せになりますように!)

