(153)須佐大宮
須佐神社(国幣小社)
御魂鎮(みたましずめ)の霊地
・・・出雲国風土記に見える須佐之男命御終焉の地
古くより、須佐之男命の御本宮として「須佐大宮」
天文年間には「十三所大明神」という。
素鵝川 (右が須佐神社)
所在地:島根県出雲市佐田町須佐七三〇
明治五年 郷社
明治六年 県社
明治三十二年 国幣小社
須佐神社(鳥居)
素盞嗚尊(須佐之男命)・・・神話の時代、姉の天照大御神が天の岩戸にお隠れになった原因を作った三姉弟の末弟(cf。月読)。後に、出雲に、降臨し八岐大蛇を退治し、助けた稲田比売といっしょになる。 素盞嗚尊の系譜が後の大国主命の国譲りや八重事代主命(恵比寿神)・建御名方命(諏訪大社御祭神)と引き継がれていく。
須佐神社(石柱)
宮司を務める須佐家が国造を命じられたのは、今から約千八百五十年前、成務天皇三十年(西暦160年)の第二十四代須佐国造益成宮司の時と伝えられる。
須佐神社(随身門)
神事
朝覲祭(ちょうきん)
陵王舞(りょうおう)
百手神事(ももて)
造酒会神事(みきあい)
切明神事(きりあけ)
八雲神楽
起源殿神事

須佐神社(拝殿)
御祭神:
・須佐之男命(すさのおのみこと)
・稲田比売命(いなだひめのみこと)
・足摩槌命(稲田比売の父)
・手摩槌命(稲田比売の母)
須佐神社(御本殿)1
ご本殿は、切妻、栩葺(とちぶき−クヌギ)の大社造。
※大社造とは、四方の柱の間に一本ずつの柱があり、方二間で中央に真柱がある。中央の柱と右中間の柱との間を壁でとじ、その奥を神座とする。向かって右一間を入り口階(きざはし)を造る。
須佐神社(御本殿)2
この社に伝わる特殊神事に、「念仏踊り」があり毎年8月15日の夏祭りに行われ神社では、「切明神事 きりあけしんじ」と称している。社伝によると、神功皇后が三韓征伐の凱旋の折、この踊りをして奉送されたのを、皇后は、素盞嗚尊が三韓に渡り給うた功徳を仰ぎ之を須佐大宮に伝え給うたとある。
讃岐の滝宮天満宮(天満神社)の「念仏踊り」は、当時の国司であった菅原道真の雨乞いから始まったと伝えられるが、その源流は須佐神社(切明神事)と関係があるかも知れません。
須佐神社(社務所)
須佐神社(七不思議)
1.塩ノ井・・・・・本社前の小池、須佐之男自ら潮を汲みこの地を清めたと伝えられる。日本海間満潮の時、付近の地面に潮の花を噴くといわれる。
2.相生の松・・・男松女松が1本の大木となる。
3.神馬・・・・・神社には馬を奉献するのを常とし、この馬は後に必ず白馬に変わり異常を予知したと伝えられる。
4.落葉の槇・・・槇(柏)の葉に松葉を通した孔がある槇の喬木。稲田姫がお産のとき、産具を柏葉で包み松の葉で綴じ流瀬川に流した故事から、須佐家の家紋の起源とする。
5.影無桜(かげなしざくら)・・・昔隠岐国で耕田不作が続いた時、須佐大宮の境内の大櫻の影が原因と神託があり、それに従い櫻を切ると、その株が芽吹き花が咲くとまた枯れまた芽吹くを繰り返した。
6.星滑(ほしなめらか)・・・・社西方、須佐の中山の嶺にある岩石の白い斑点が豊年には多く、凶年は少ない。
7.雨壺(あまつぼ)・・・・・素鵝川の下流の田に大岩があり、その中に径七十センチの芝生があり、これを犯せば洪水になると云われている。

須佐神社(七不思議)塩ノ井
御魂鎮(みたましずめ)の霊地
・・・出雲国風土記に見える須佐之男命御終焉の地
古くより、須佐之男命の御本宮として「須佐大宮」
天文年間には「十三所大明神」という。
素鵝川 (右が須佐神社)所在地:島根県出雲市佐田町須佐七三〇
明治五年 郷社
明治六年 県社
明治三十二年 国幣小社
須佐神社(鳥居)素盞嗚尊(須佐之男命)・・・神話の時代、姉の天照大御神が天の岩戸にお隠れになった原因を作った三姉弟の末弟(cf。月読)。後に、出雲に、降臨し八岐大蛇を退治し、助けた稲田比売といっしょになる。 素盞嗚尊の系譜が後の大国主命の国譲りや八重事代主命(恵比寿神)・建御名方命(諏訪大社御祭神)と引き継がれていく。
須佐神社(石柱)宮司を務める須佐家が国造を命じられたのは、今から約千八百五十年前、成務天皇三十年(西暦160年)の第二十四代須佐国造益成宮司の時と伝えられる。
須佐神社(随身門)神事
朝覲祭(ちょうきん)
陵王舞(りょうおう)
百手神事(ももて)
造酒会神事(みきあい)
切明神事(きりあけ)
八雲神楽
起源殿神事

須佐神社(拝殿)
御祭神:
・須佐之男命(すさのおのみこと)
・稲田比売命(いなだひめのみこと)
・足摩槌命(稲田比売の父)
・手摩槌命(稲田比売の母)
須佐神社(御本殿)1
ご本殿は、切妻、栩葺(とちぶき−クヌギ)の大社造。
※大社造とは、四方の柱の間に一本ずつの柱があり、方二間で中央に真柱がある。中央の柱と右中間の柱との間を壁でとじ、その奥を神座とする。向かって右一間を入り口階(きざはし)を造る。
須佐神社(御本殿)2
この社に伝わる特殊神事に、「念仏踊り」があり毎年8月15日の夏祭りに行われ神社では、「切明神事 きりあけしんじ」と称している。社伝によると、神功皇后が三韓征伐の凱旋の折、この踊りをして奉送されたのを、皇后は、素盞嗚尊が三韓に渡り給うた功徳を仰ぎ之を須佐大宮に伝え給うたとある。
讃岐の滝宮天満宮(天満神社)の「念仏踊り」は、当時の国司であった菅原道真の雨乞いから始まったと伝えられるが、その源流は須佐神社(切明神事)と関係があるかも知れません。
須佐神社(社務所)
須佐神社(七不思議)
1.塩ノ井・・・・・本社前の小池、須佐之男自ら潮を汲みこの地を清めたと伝えられる。日本海間満潮の時、付近の地面に潮の花を噴くといわれる。
2.相生の松・・・男松女松が1本の大木となる。
3.神馬・・・・・神社には馬を奉献するのを常とし、この馬は後に必ず白馬に変わり異常を予知したと伝えられる。
4.落葉の槇・・・槇(柏)の葉に松葉を通した孔がある槇の喬木。稲田姫がお産のとき、産具を柏葉で包み松の葉で綴じ流瀬川に流した故事から、須佐家の家紋の起源とする。
5.影無桜(かげなしざくら)・・・昔隠岐国で耕田不作が続いた時、須佐大宮の境内の大櫻の影が原因と神託があり、それに従い櫻を切ると、その株が芽吹き花が咲くとまた枯れまた芽吹くを繰り返した。
6.星滑(ほしなめらか)・・・・社西方、須佐の中山の嶺にある岩石の白い斑点が豊年には多く、凶年は少ない。
7.雨壺(あまつぼ)・・・・・素鵝川の下流の田に大岩があり、その中に径七十センチの芝生があり、これを犯せば洪水になると云われている。

須佐神社(七不思議)塩ノ井

