(163)備後國一宮 吉備津神社
備後一宮 吉備津神社(三備の一宮の一つ)
地元では、一宮(いっきゅう)さんと親しまれる。

昔、参拝の前に禊(みそぎ)を行ったといわれる御池

備中一宮 吉備津神社からご分祀され千二百年 !
この大鳥居は慶長元年(1648)福山城主水野勝成公が誠心こめてご本殿以下ご寄進ご再建された時のもので、第107代後陽成天皇の皇子、尭然法親王の御書により、銅の扁額が揚げてあります。(社記)


随身門
全国で随身門が二つあるのは備後一宮吉備津神社だけです。神無月(10月)には全国の八百万神々が、出雲へ集合し神政(神の政治)を開いた折、吉備津彦命のみが欠席され、どうしたものか心配された大国主命は二人の使者を備後国に派遣されました。備後国は、大祭の最中でこの二人の使者は歓待を受け、以後、吉備津彦命の親衛の門守として末永く使えることとなり、上下の随身門が造られたという伝説があります。
以来、備後も出雲とともに十月を神有月と云うそうです。(社記)

参道 公孫樹(天然記念物)

二つめの随身門

大山祇神社

手水舎

桃太郎の石像発見!






ご祭神
大吉備津彦命・稚武吉備津彦命



地元では、一宮(いっきゅう)さんと親しまれる。

昔、参拝の前に禊(みそぎ)を行ったといわれる御池

備中一宮 吉備津神社からご分祀され千二百年 !
この大鳥居は慶長元年(1648)福山城主水野勝成公が誠心こめてご本殿以下ご寄進ご再建された時のもので、第107代後陽成天皇の皇子、尭然法親王の御書により、銅の扁額が揚げてあります。(社記)


随身門
全国で随身門が二つあるのは備後一宮吉備津神社だけです。神無月(10月)には全国の八百万神々が、出雲へ集合し神政(神の政治)を開いた折、吉備津彦命のみが欠席され、どうしたものか心配された大国主命は二人の使者を備後国に派遣されました。備後国は、大祭の最中でこの二人の使者は歓待を受け、以後、吉備津彦命の親衛の門守として末永く使えることとなり、上下の随身門が造られたという伝説があります。
以来、備後も出雲とともに十月を神有月と云うそうです。(社記)

参道 公孫樹(天然記念物)

二つめの随身門

大山祇神社

手水舎

桃太郎の石像発見!






ご祭神
大吉備津彦命・稚武吉備津彦命




