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(80)西嶋八兵衛 物語

西島八兵衛


慶長 元(1596)年 西嶋八兵衛 遠州浜松にて出生
慶長17(1612)年 伊勢・津藩主 藤堂高虎に仕える 17才 150石
元和 元(1615)年 大坂夏の陣に従う        20才 200石
元和 5(1619)年 京都二条城築城・大坂城修築    24才 300石

藤堂高虎は、生駒家三代藩主生駒正俊に実娘を嫁がした。しかし、正俊は元和7(1621)年三十六才で病死した。残された遺児高俊は、わずか三才であった。生駒藩政のため、母方の祖父『藤堂高虎』(伊勢・伊賀32万石)が後ろだてとなりました。高虎は、元和8(1621)年娘婿の『西島八兵衛』を直々に讃岐に派遣した。西島八兵衛は一旦伊勢に帰りますが、本格的な援助の為、寛永2(1625)年生駒藩の奉行として来讃した。

 しかし、讃岐の国は寛永元(1624)年ひどい日照りで米が取れず、翌年も百日近く日照りが続き、農民は旱魃で日々の暮らしにも困り、藩も年貢米の徴収が出来ませんでした。このように、讃岐は常に水不足が起こり、旱魃に襲われる土地柄でしたから、その対策が急を要しました。

 この対策の為、寛永2(1625)年に土木・水利・経済そして書道にも優れた西島八兵衛を再度来讃を依頼、翌年、江戸に呼ばれましたが、三度も讃岐を訪れました。以後、寛永16(1639)年真での14年間、藩主高俊の下で普請奉行と郡奉行を務めました。

 寛永4(1628)年、高松に小田池(川部町)を、寛永5(1628)年には三郎池(三谷町)と満濃池の改修工事を始めました。そして、寛永8(1631)年満濃池の改修を完成、寛永12(1635)年神内池(西植田町)を築き、他にも90余りのため池をつくりました。

 池を築く他にも、寛永14(1637)年、高松の松島から新川までの間に堤防を築き、福岡・木太に春日新田、その東に百石新田を開きました。

 また、寛永の頃まで香東川は香川郡大野の西で川筋が二股に分かれ、しばしば氾濫を起こしていました。一つの流れは、御坊川の川筋で、もう一つは現在の香東川です。これを、現在の香東川に固定し、寛永8~9(1631~2)年、改修工事の完成を記念し、中国の古い諺に習い『大禹謨』(だいうぼ)の石碑を大野・中津の堤防に建てました。西嶋八兵衛が、『大禹謨』に託した中国の古い諺「夏の国の禹王のように、水を治める者は、国を治める」のように讃岐の水を治めました。
 そして、香東川の東の流れの河床に回遊式庭園『栗林荘』を築きます。
 
 その結果、生駒藩初代親正のとき17万石余りであったのが、23万石余りと、6万石も増えました。また、藤堂藩の考えを、生駒藩に伝える重要な役職に就き、二千石の禄と鉄砲30人、新田270石と並外れた生駒藩の家老と同等の扱いを受けていました。

 さらに、西嶋八兵衛は「生駒騒動」の前年の寛永16(1639)年に、伊勢の津に帰っています。すでに、生駒藩の内情に通じた動きと考えられます。その後、生駒家の国替えの時には、幕府城受け役人に案内役を命じられ、提出した讃岐の領地の説明書や正確な地図に役人も感心したということです。
        -高松市歴史資料館より


【高松に、日本で初めて上水道を引いたのは西島八兵衛の弟子の矢延平六です。】
【西島八兵衛は、生駒藩時代に三度、生駒藩国替え後に幕命により一度来讃しています。】
矢延平六は、西島八兵衛から大工の棟梁約三十人を引き継ぎ、上水道を二ヵ月で造りました。彼ら、約六百人の大工が住んだところが大工町です。】

    高松上水   -1643年(寛永20年)普請

【江戸に、初めて上水道を引いたのも西島八兵衛です。】

玉川浄水   -1653~1656       普請  
    神田用水(掛樋)-1658~1661(現:水道橋) 普請

 矢延平六は、平池の普請を行ったが、身分が低かったため、師の西島八兵衛が江戸に帰ったあと後ろ盾がいなかったため、藩のやっかみ勢力から讒言に遭い、他国に追放される。
 しかし、池の普請で矢延平六を慕った地元民は、追放される平六の後を半里余りも変装してついていきました。

 これが、現在も香川町に残る『ひょうげまつり』の起源とされる。

西嶋八兵衛』とその弟子の『矢延平六』は、讃岐の国にとって大恩人です。
たかまつ松平藩まちかど漫遊帳


西嶋八兵衛を彩る人たち
藤堂高虎(祖父)
藤堂高次(叔父)
生駒正俊(叔父)
小堀遠州(叔父)
藤堂高刑(義父)

矢延平六(弟子)
松尾芭蕉(伊賀上野出身の芭蕉も、江戸に行く折、同郷の西島八兵衛を頼った    ということです)
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西嶋八兵衛の業績

 藤堂藩きっての能吏で、城和奉行をつとめた西嶋八兵衛は、慶長元年(1596)に遠州浜松で生まれた。本名は之尤(ゆきとも)、のちに之友と改めた。
 慶長十七年、駿府において藤堂采女元則の肝煎により、禄一五〇石で藤堂高虎に召し抱えられた。元和元年(1615)の大阪冬・夏の陣では、高虎の側近として、主に記録方を担当。その後、高虎が縄張りの任に当たった二条城や大坂城の増修築工事では、絶えず身近で右筆として仕え、為政の手法や、土木技術を修得するという機会に恵まれた。
 元和七年(1621)、讃岐国の藩主、生駒正俊が36歳で死んだ。正俊の妻は高虎の養女であったが、その子高俊が11歳の若さで家督を継いだため、祖父である高虎が高俊の後見人として生駒家の内政に関与。そこで高虎はまず腹心の八兵衛を讃岐国へ派遣した。
 その後、八兵衛は一旦津藩へ帰るが、寛永二年(1625)の讃岐大旱魃で再び生駒家へ派遣され、土木技術に長じていたので、四年間で数多くのため池の築造・復興を成し遂げた。同六年(1629)、老齢で病気がちとなった高虎は、自分の身近にと八兵衛を江戸へ呼び返したが、高俊の岳父で老中の土井利勝の強い要請で三たび讃岐の治世に当たることになった。翌七年、高虎が死去。同八年には三年の歳月をかけた満濃池の修復工事が完成。つづいて洪水の氾濫で課題となっていた香東川の改修工事を竣功させた八兵衛は、名実ともに讃岐の一大恩人として顕彰される人物となった。
 正保二年(1645)、八兵衛は藤堂高次に禄一千石で召された。一時、江戸家老をつとめたが、翌三年に旱魃があり、山畑新田や美濃波多新田の開墾、雲出井手の開築などを手がけた。慶安元年(1648)には藩の山城大和を管括する城和奉行を仰せつかって、その後、約三十年にわたって城和の民生に力を注ぎ、奉行記録『萬大控』を残した。85歳で死去。上野市紺屋町の正崇寺に眠る。




藤堂虎高
生没年:
父:
妻:(父:藤堂忠高)
娘(鈴木弥右衛門妻)
高則
1556-1630 高虎
娘(山岡直則および渡辺守妻)
高清
正高
娘(藤堂高経室)

藤堂高刑
生没年:1577-1615
父:鈴木弥右衛門
通称:仁右衛門
1600 関ヶ原の戦い
1614 大坂冬の陣
1615 大坂夏の陣
妻:(父:織田信清、義父:伊勢津藩初代藩主 藤堂高虎

藤堂高虎
生没年:1556-1630
父:藤堂虎高
幼名:与吉
与右衛門
1570 姉川の戦い
1587 正五位下
1587 佐渡守
1600 関ヶ原の戦い
1600-1608 伊予今治藩主
1608-1630 伊勢津藩初代藩主
1614 大坂冬の陣
1615 大坂夏の陣
1615 従四位下
左近衛権少将
和泉守
正室:久芳院(父:一色義直)
正室:松寿院(父:長連久)
1602-1676 高次
高重
娘(蒲生忠郷および専修寺堯朝室)
娘(藤堂忠季室)
娘(岡部桂賢室)
娘(生駒正俊室)
娘(小堀政一室)
1579-1670 (養子)高吉
(養子)娘(父:織田信清、藤堂高刑妻)



江戸時代以前 ~1602
西暦 元号 香川の水の歴史 世の中の出来事
▼干ばつ ●池及び水関連施設の築造・修復
750BC
県下の縄文社会に水稲耕作が伝わる。(林坊城(はやしぼうじろ)遺跡・丸亀市平池南(ひらいけみなみ)遺跡)
500BC
このころ塩飽諸島を通じて新文化が伝わる。水田(高松市佐古長池(さこながいけ)遺跡)、井堰(いぜき)(坂出市川津下樋(かわつしもどい)遺跡)環豪集落が建設される(中の池・鴨部川田(かべかわた)遺跡など)。
239
卑弥呼が中国に使いを送る。このころ、大和朝廷が国土を統一する。
550ころ
須恵器(すえき)の製造が盛んになる。 須恵器の窯は池や川の近くに多く、木材や製品を、川などを利用して運んだ。 538
仏教が伝わり、大陸文化が入る。
604
聖徳太子が十七条の憲法をつくる。
645
大化改新がはじまる。
646
国司に命じて築堤、開溝のことに当たらせる。
701
大宝 元
●大宝年間、初めて満濃池を築く。 701
大宝律令ができる。(水利の法を定める。)
710
平城京(奈良)を都に定める。
732
天平 4
▼夏干ばつで穀物が実らなかった。 752
東大寺の大仏ができる。
764
諸国に命じて池堤を築かせる。
773
池溝修理(ちこうしゅうり)の令を下し、池溝はすべて「朝集帳(ちょうしゅうちょう)」に載せ、毎年官に申達を命ずる。
794
平安京(京都)を都に定める。
800
池構築造奨励(ちこうちくぞうしょうれい)の詔を下す。
806
大同 元
●大同年間の頃、男井間(おいま)池(三木町)を築くと伝えられる。
817
弘仁 8
▼夏大干ばつがおこる。
818
9
満濃池の堤防が決壊する。
820
11
讃岐守清原夏野(きよはらなつの)、朝廷に満濃池復旧を願い出る。
築池使路ノ真人浜継(みちのまびとはまつぐ)が派遣され、復旧に着手する。
821
12
満濃池の復旧は困難を極め、朝廷に築池別当として空海が派遣され満濃池を復旧する。 824
池溝などの修理を怠る者を処罰する令を下す。
851
仁寿 元
洪水のため満濃池が再び決壊する。
852
2
▼干ばつが80余日続く。
853
3
●満濃池の復旧が完了する。
888
仁和 4
▼大干ばつがおこり、讃岐国守の菅原道真が城山で降雨を祈願する。 894
遣唐使を取りやめる。
908
池溝修理の制を定める。
947
天暦 元
興憲僧都(こうけんそうず)に 命じ、満濃池の地鎮を行わせる。
1016
藤原道長が摂政になる。
1021
治安 元
●三代物語、讃岐国大日記によれば「讃岐那珂郡(なかぐん)真野(まの)池初めて之を築く」とあり、この時に復旧したものと推察される。 1086
院政がはじまる。
1156
保元の乱がおこる。
1178
治承 2
●平清盛の命により、阿波民部の 田口良成(たぐちよしなり)、平池(高松市仏生山町)を築く。 1167
平清盛が太政大臣になる。
1184
元暦 元
満濃池が再び決壊し、廃池となりその後池内に「池内村」ができる。 1185
平氏が壇ノ浦(山口県)でほろびる。源頼朝が全国に守護・地頭をおく。
1192
源頼朝が鎌倉に幕府をひらく。
1221
承久の乱がおこる。
1232
北条泰時が御成敗式目をつくる。
1274
元が二度にわたって攻めよせる。
1333
鎌倉幕府がほろびる。
1334
建武の新政がはじまる。
1338
足利尊氏が室町に幕府をひらく。このころ、北朝と南朝が対立する。
1364
正平 19
●四国管領の細川頼之の命により、八幡池(宮池・さぬき市長尾東)を築く。
1370
建徳 元
▼6月8日から8月15日まで雨が降らず、牛馬の悪疫が流行する。
1371
2
▼5月14日から7月20日まで雨が降らず。
1381
弘和 元
▼3月下旬から8月下旬にかけて雨が降らず。
1384
至徳 3
▼100日干ばつが続く。
1386
元中 3
▼100日干ばつが続く。
1390
7
▼大干ばつ。 1392
南北朝が一つにまとまる。
1396
応永 3
▼7月22日より9月2日まで雨が降らず大干ばつ。 1404
明との貿易がはじまる。
1407
14
▼5月18日から7月12日まで雨が降らず、大飢饉がおこる。
1408
15
▼4月16日から8月11日まで雨が降らず大干ばつ。
1412
19
▼6月、7月干ばつが続く。
1420
27
▼大干ばつ。
1433
永享 5
▼5月から10月まで干ばつ続く。
1434
6
▼大干ばつ。
1457
長禄 元
▼諸国とも干ばつで穀物が実らず。
1458
2
▼6月に大干ばつ。
1459
3
▼諸国大干ばつで穀物が実らず。
1460
寛正 元
▼干ばつがおこり、8月の末には大雨で、穀物が実らず。
1467
応仁の乱がはじまる。
1470
文明 2
●地蔵院18世慶恵上人(けいえいしょうにん)、領主細川勝元に願い出て大谷池(大野原町)を築造する。
1481
13
▼大干ばつ。
1485
17
▼夏干ばつ。 1485
山城国に一揆がおこる。
1486
18
▼干ばつ。 1488
加賀国に一向一揆がおこる。
1501
文亀 元
▼大干ばつで飢饉のため人民が多数餓死する。
1503
3
▼大干ばつがあり、7月17、18日の 両日、炎熱のため、山野や家の周囲の竹林の竹が割れる。
1527
大永 7
●岩鍋池(観音寺市粟井町)を築く。
1532
天文 元
勝間池(高瀬町)が決壊、その後は廃池となる。 1543
鉄砲が伝わる。
1553
弘治 3
▼大干ばつ。 1549
キリスト教が伝わる。
1555
●弘治、永禄のころ、尾崎利兵衛が楠見池(飯山町)を築造する。
1559
永禄 2
▼5月10日から8月19日にかけて干ばつ。
1563
6
▼4月下旬から8月中旬にかけて大干ばつ。
1573
天正 元
8月28日に大雨洪水が襲う。 1573
室町幕府がほろびる。
1574
2
▼大干ばつがおこる。
1578
6
長雨が続く。
1582
本能寺の変で織田信長が殺される。
豊臣秀吉が検地をおこなう。
1586
豊臣秀吉、池溝修理の令を下す。
1588
豊臣秀吉が刀狩りをおこなう。
1590
豊臣秀吉が全国を統一する。
1592
文禄 元
●武田五兵衛が岩瀬池(高瀬町)を築造する。 1592
豊臣秀吉が朝鮮に出兵する。
1597
慶長 2
●郡家大池(丸亀市郡家町)、関ノ池(国分寺町)を築造する。
1599
4
●大谷池(大野原町)の堤防を4 間(7.2m)に上げる。あわせて柞田川から大谷池に達する長さ12町(1.29km)の掛井手をつくる。
1600
関ヶ原の戦いがおこる。

江戸時代前期 1603~1735
西暦 元号 香川の水の歴史 世の中の出来事
▼干ばつ ●池及び水関連施設の築造・修復
1612
17
●諏訪谷池をかさ上げし、買田池(善通寺市与北町)とする。 1603
徳川家康が江戸に幕府を開く。
1625
寛永2
●瓢箪(ひょうたん)池(善通寺市中村町)が築造される。
1626
3
▼4月下旬から95日間雨が降らず、多数の餓死が出る。
1627
4
西嶋八兵衛、藩命により龍満池(香川町)小田池(高松市川部町)福江大池(坂出市福江町)を築造する。
1628
5
●山大寺池(三木町)が築造される。
西嶋八兵衛、満濃池の改修に着手する。また三谷池(三郎池・高松市三谷町)
を改築し、瀬丸池(高瀬町)を築造する。
1629
6
西嶋八兵衛、2池を合わせてかさ上げし、仁池(観音寺市池之尻町)とする。
●青葉池(大野原町)を築造する。
1630
7
西嶋八兵衛、岩瀬池(高瀬町)、岩鍋池(観音寺市粟井町)を改築する。
1631
8
●満濃池を改修する。堤高12間(21.6m)、堤長45間(81m)、水深11間(19.8m)
1632
9
▼干ばつ。
1633
10
●西島八兵衛、亀越池(満濃町)を築造する。
1634
11
●西島八兵衛、一の谷池(観音寺市原町)築造をはじめる。
1635
12
●西島八兵衛、神内池(高松市西植田町)を築造する。 1635
参勤交代の制度ができる。
1637
寛永14
●西島八兵衛、松島より新川に至る堤防を築き、福岡、木太、春日の新田を拓く。
●また郷東川の水路を付け替える。 1637
島原の乱がおこる。
1638
15
▼大干ばつ、大飢饉おこる。
1639
16
●西島八兵衛、一の谷池築造する。 1639
鎖国が完成する。
1641
18
このころ、那珂郡の五条・榎井・苗田を池御料(いけごりょう)とする。
1643
20
4月上旬から6月中旬まで雨降らず、秋より冬までおよぶ。
●平田与一左衛門から願い出があった「大野原開拓」が許可され、井関池(大野原町)の築造をはじめる。
1644
正保1
●高松城下に上水道を敷設。
●小田池(高松市川部町)を改築する。
●2月井関池が完成、さらに水路1万346間(約19km)を開削する。
8月、井関池が早くも決壊、9月復旧とかさ上げに着手する。
1645
2
▼高松領内で大日照りが続く。
●このころ矢延平六がため池を改修。高松領内で新池406が築かれ、あわせて1366になったと伝えられる。
●王墓池(牟礼町)、阿弥陀池(大野原町)を築造する。
3月、井関池の復旧なるが、7月にまた決壊、10月に復旧工事に着手する。
1646
3
●2月 井関池が復旧する。
●城池(高松市東植田町)の築造に着手する。
●宮奥池(東かがわ市西山)が築造される。
1647
4
●城池が築造される。
●大窪池(飯山町)を築造し、楠見池(飯山町)を改築すると伝えられる。
1648
慶安元
井関池3たび決壊。
1649
2
●仁池(飯山町)が築造される。
1652
承応元
このころ吉原大池(善通寺市吉原町)の築造に着手するが成功せず。
1654
3
▼夏大干ばつ、秋には大雨洪水で穀物が実らず。冬より翌夏にかけて餓死者多数出
て「午歳の大干」と呼ばれる。
●神内池(高松市西植田町)を改築する。
●鍵面池(かぎめんいけ)(高松市東植田町)、大谷池(綾南町)を築造する。
●井関池の堤防の復旧工事、洪水吐(こうずいばけ)拡幅工事を行う。
1655
4
前年の凶作を恐れて、農民が田の神をまつる。
1657
明暦3
●勝田池の前身である平屋池(豊中町)を築造する。
1658
万治元
●満水池(高瀬町)、猫塚池(大野原町)を築造する。
1661
寛文元
●寛文年間に紀伊大池(大野原町)を築くと伝えられる。
1662
2
●奥谷池(新池 観音寺市粟井町)の築造に着手する。
●石神池(さぬき市前山)、買田(こうだ)池(多度津町)を築造する。
1663
3
●奥谷池が完成する。
1664
4
●勝田池(豊中町)の築造に着手する。
1666
6
●勝田池が完成する。
●青葉池(大野原町)を築造する。
1668
8
▼夏大干ばつ、百々渕(どうどうぶち)(香川町鮎滝)で雨を祈る。
1669
9
●国市池(高瀬町)中村堤をかさ上げすると伝えられる。
矢延平六が新池(香川町)を築くと伝えられる。
1670
10
●藩命により、前田与三兵衛が奈良須池(高松市岡本町)を築造する。
●豆塚池(大野原町)を築造する。
1671
11
●松尾池(高松市西植田町)の築造に着手する。
●五丁池、弘法池の二つを合わせて国市池(高瀬町)をかさ上げする。
1672
12
●松尾池が完成する。
●小津森池(綾歌町)を築造する。
1673
延宝元
5月14日に大水、8月17日にまた大水。
●船岡池(香川町)、段の池(大野原町)を築造する。
1674
2
●上地堀池、北の池(池田町)を築造する。
●清水池(大野原町)を築造する。
1675
3
●千歳池(大野原町)、奥の坊池(池田町)を築造する。
1676
4
●二葉池、梢池(大野原町)を築造する。
1678
6
●段の上池(大野原町)を築造する。
1679
7
8月4日に大水がでる。
1680
8
●奥谷池(観音寺市粟井町)を2尺(0.6m)かさ上げし、裏法石垣(うらのりのいしがき)を施工する。
1681
天和元
8月16日に「辛酉洪水」と呼ばれる大風洪水で死者数百人。この年五穀実らず。
●柳池(やないけ)(丸亀市飯野町)を築造する。
1682
2
●後の豆葉池である下新田池(観音寺市新田町)を築造する。
●大池、小池(仁尾町)を築造する。
1683
3
●天王池(仁尾町)を築造する。
1684
貞享元
●太田伊左衛門の主唱により、蛙子池(土庄町)の築造に着手する。
●袂池(たもといけ)(大野原町)を築造する。
●男井間池(三木町)をかさ上げし、池敷7町歩(7ha)を増加する。
1685
2
●〆池(香川町)を築造する。
1686
3
●蛙子池が完成する。
●行司池(香川町)を築造する。
1687
4
9月9日に大雨洪水がおこる。
1688
元禄元
●片山権左衛門の主唱により吉原大池(善通寺市吉原町)の築造に着手する。
1690
3
▼6月~7月干ばつが続く。
●奥谷池(土庄町)、大蔵池(大野原町)を築く。
1691
4
●弘階池(善通寺吉原町)を築造する。
●勝田池(豊中町)のかさ上げに着手する。
1695
8
7月21日大風洪水で穀物が実らず。
●勝田池の改築が完成する。
1696
9
●吉原大池が完成する。
1697
10
●蛙子池(土庄町)を1.5間(2.7m)改築する。
1698
11
▼夏、干ばつが続く。
1699
12
▼夏、干ばつが続く。
1701
14
●このころ、粟井逆瀬池(観音寺市粟井町)を築くと伝えられる。
1702
15
7月28日、8月30日、大雨洪水。
●買田池(善通寺市与北町)を改築する。
1704
宝永元
8月10日、9月11日、大雨洪水で人々が飢える。
1705
2
●川池、尾池(坂出市川津町)を築造する。
1706
3
▼5月6月が大干ばつ、雨を百々渕(どうどうぶち)(香川町鮎滝)に祈る。
1707
4
8月17日、大雨。18日大風洪水。
9月12日大風雨。各所に堤防が決壊し、収穫がなく、多数の人が飢える。
●久保太郎右衛門により、綾川より大羽茂池(綾南町)に延長3里18町(14km)の菅原用水が開削される。
1710
7
▼6月、7月大干ばつ。降雨を百々渕に祈る。
8月23日、大風雨で堤防ことごとく決壊する。でき死者100余人。穀物も実らず。
1712
正徳2
●清水下池(大野原町)を築造する。 1716
徳川吉宗が享保の改革を行う。
1718
享保3
▼6月7月雨が降らず、大干ばつ。
牛馬の倒れ死ぬものが2,200余頭にのぼる。
●粟井逆瀬池(観音寺市粟井町)を改築、猪の谷池(内海町)を築造する。
●新池(坂出市川津町)を築造する。
1719
4
▼西讃、6月7月干ばつ。
●鴻田池(豊中町)を築造する。
1720
5
6月17日、大雨。7月10日、15日、大風洪水がおこり、堤防各所が決壊する。このころ長雨が続く。 1720
各地で新田開発がさかんに行われる。
1721
6
うるう7月10日、15日、大風洪水。土器川の堤防が決壊する。
●蛙子池(土庄町)かさ上げ、堤防を3尺(0.9m)改築する。
1722
7
6月23日、大風洪水。8月14日また同じ、8月22日、大雨。23日、大風雨。
●蛙子池、前年に引き続きかさ上げ、堤防を3尺(0.9m)改築する。
●千歳池(大野原)をかさ上げする。
1724
9
▼4月14日雷雨、これより7月まで雨がなく、大干ばつ。8月は長雨が続く。
この年天災しきり、穀物実らず。
1725
10
▼6月7月大干ばつ、五穀実らず。
1727
12
新池(坂出市川津町)決壊する。
1729
14
▼春より5月まで干ばつ。秋、洪水4度。人家の倒壊するもの多く、穀物実らず。
新池が復旧する。
1730
15
▼5~6月に干ばつがおこる。7月になって長雨が続く。24日に大洪水。この年、天災
が多く、穀物実らず。
1731
16
▼連年凶作が続き、人々がおおいに苦しむ、世に言う「享保の飢饉」という。
●三郎池(高松市三谷町)を改築する。
1732
17
小津森池(綾南町)が決壊する。

江戸時代後期 1736~1867
西暦 元号 香川の水の歴史 世の中の出来事
▼干ばつ ●池及び水関連施設の築造・修復
1736
元文元
4月10日から6月9日まで長雨続く。
●6月5日、大谷池(大野原町)の堤防が大破する。
8月16日に洪水がおこる。ため池、河川堤防の大破、決壊が多い。
仁池(観音寺市池之尻町)東西余水吐が決壊する。
●逆瀬池(観音寺市粟井町)の堤防を6尺(約1.8m)かさ上げする。
1738
3
8月11日~12日、大風洪水、家屋の倒壊、堤防の決壊多数。
1739
4
▼夏、大干ばつ。百々渕に雨を祈る。
8月5日~6日、大洪水。濁流が丘に登り、稲田は水をかぶる。
6月15日、大谷池(大野原町)の堤防が大破する。10月に復旧に着手する。
1740
5
7月1日、17日に風雨洪水があり、8月5日にまた洪水となる。
1741
寛保元
▼7月21日、雨を祈願する。翌22日、大風雨、民家2千戸が壊れる。
●4月、大谷池の堤防3尺(0.9m)かさ上げ工事が完成する。
1742
2
6月3日、13日に風雨洪水があり、でき死者が出る。
1743
3
5月21日、大風雨。7月7日8日にふたたび大風雨がおこる。
●蓮池(高松市東植田町)を築造する。
1744
延享元
8月10日、11日に大風雨がある。
1746
3
8月24日、風雨洪水あり、稲田が水没する。
1747
4
▼夏、干ばつおこる。8月19日には大雨洪水となる。
1748
寛延元
▼6月4日5日に風雨洪水おこる。その後は7月下旬まで干ばつとなる。
引き続き、大雨洪水がおこり、飢饉となる。
1749
2
6月26日、風雨洪水となる。
7月3日に大洪水。井関池(大野原町)の堤防が長さ40間(72m)に渡り決壊する。
1750
3
▼7月、8月に干ばつとなる。
1751
宝暦元
うるう6月19日、大風洪水が起こる。
1752
2
7月4日、8月9日10日に大風洪水がおこる。
1754
4
▼6月、7月干ばつがおこる。
●奥池(坂出市川津町)をかさ上げする。
1757
7
▼6月と9月に大干ばつ。
7月26日には大雨洪水がおこり、民家数千戸が壊れ、人畜が多数でき死する。
9月5日また大雨洪水がおこる。
1760
10
▼夏に干ばつがおこる。香川郡鮎滝百々渕に初めて竜王祠をまつる。
1762
12
▼夏5月、6月に大干ばつがおこる。高松藩主が大護寺に雨を祈る。
1764
明和元
●惣天満池(高松市東植田町)を築く。
●明和年間に、錆田池(綾上町)を築く。 1764
平賀源内が火浣布(かかんふ)を発明する。
1765
2
8月2日3日に大雨洪水がおこる。8月8日にまた洪水がおこる。
1766
3
▼6月~8月にかけて大干ばつがおこる。
1767
4
▼夏、干ばつがおこる。
1768
5
5月27日に洪水がおこる。7月21日にまた洪水がおこる。各地でため池の堤防が決壊する。
高松藩で、これらの復旧に要した夫役56万7千余人、この扶持米4,250石(637.5t)
●甲子池(大野原町)を築く。
1769
6
8月19日、大風洪水がおこる。
1770
7
▼この年、日照りが63日間つづく。
1771
8
▼4月から6月にかけて大干ばつがおこる。
1772
安永元
8月20日夜、大風洪水がおこり、河川、ため池の破損が大きく、かつてない大災害となる。
錆田池(綾上町)が決壊する。
1774
杉田玄白らの『解体新書』ができる。
1776
5
8月21日大雨洪水がおこる。
1781
天明元
蛙子池(土庄町)で堤防30間(約54m)にわたって決壊する。
●このころ、紀伊大池(大野原町)の堤防をかさ上げする。
1782
2
蛙子池の堤防が復旧するが、秋に再び流失する。
5月4日、25日に大雨洪水おこる。
1783
3
●蛙子池を再び復旧する。 1783
天明の大飢饉がおこる。
1785
5
▼夏、干ばつがおこり、7月1日には大雨洪水がおこる。
●男井間池(三木町)の掛井手水源を新川に変更する。
1787
松平定信が寛政の改革を行う。
1788
8
5月14日から6月21日まで雨が降り続く。
1789
寛政元
▼夏に干ばつがおこる。
1790
2
▼夏に大干ばつがおこる。
1793
5
●一の谷池(観音寺市原町)の堤防26間(46.8m)が決壊。10月復旧。
1794
6
▼夏、干ばつがおこる。
井関池(大野原町)堅ユルが大破する。
1795
7
大雨洪水がおこる。
1796
8
●田渡池(香川町)を築く。
●小田池(高松市川部町)を増かさ上げ。
高松藩主が小田池の工事を視察する。
1797
9
▼7月からうるう7月にかけて干ばつとなる。
1798
10
大庄屋へ経常的な池の普請の監督を高松藩が委任する。 1798
本居宣長が『古事記伝』をあらわす。 
1799
11
▼秋に干ばつがおこる。
1800
12
●吉野村の岩崎平造が「天川せき」の改修を行い、藩庁(はんちょう)より、ほう賞される。 1800
伊能忠敬が蝦夷地を測量する。
1803
享保3
●紀伊大池(大野原町)を改築する。
●粟井本谷から奥谷池(観音寺市粟井町)に
達する掛井手340間(612m)を開削する。
1804
文化元
▼6月7月に干ばつがおこる。
1806
3
▼4月から6月まで大干ばつがおこる。
1809
6
▼6月7月に大干ばつがおこる。
●女池(仁尾町)を築く。
●亀越池(満濃町)の堤防を改修する。
1810
7
●大窪池(飯山町)の堤防を5尺(1.5m)かさ上げする。
●法印谷池(坂出市王越町)のかさ上げおよび補強工事に着手する。
●小津森池(綾歌町)の余水吐の改修と西堤の補強工事に着手。
●藤高池(丸亀市飯野町)を築く。
1811
8
●小津森池の改修が終わる。
●長浜池(さぬき市鴨庄)のかさ上げ工事と掛井手を付け替える。
●柴谷潰池(大川町)を改修する。
1813
10
▼夏に干ばつとなる。
●法印谷池(坂出市王越町)の修築が終わり、名を「玉川池」と改める。
1814
11
▼5月から7月まで大干ばつ。
1815
12
●山大寺池(三木町)に土砂がたまり、ユルを改修する。
1816
13
●袂池(大野原町)を所要人夫5万186人で改修する。
1819
文政2
●放置されていた文政池(大野原町)を改修する。
1820
3
満濃池の前半部の底ユルを伏せ替える。
1822
5
▼5月~7月にかけて干ばつがおこる。
1823
6
▼5月~7月にかけて大干ばつがおこる。
1825
8
●有馬胤滋(ありまたねしげ)が弥勒池(大川町)の掛井手1,450間(2.6km)の開削に着手する。
1827
文政10
満濃池の後半部の底ユルを伏せ替えする。
1828
11
●弥勒池の掛井手を完成する。
1829
12
●打越下池(綾歌町)を築く。
1830
天保元
●久米衛左衛門、鎌田池掛井手を上流に延長し、坂本横井より取水する。
1831
2
●錆田池(綾上町)を改修し、名を「永富池」と改める。
1832
3
▼6月、7月干ばつ、高松藩主、岩清尾神社に雨を祈る。
●大谷池(大野原町)の掛井手を拡張する。
1833
4
●男井間池(三木町)を改修する。
1835
天保6
●弥勒池(大川町)を改築する。
1837
8
●石神池(さぬき市前山)を改築、堤防を2間(3.6m)かさ上げする。 1837
大塩平八郎の乱が起こる。
1838
天保の改革がおこなわれる。
1849
嘉永2
満濃池の前半部の底ユルを伏せ替え、木のユルを石のユルに改良する。
1853
6
満濃池の後半部の底ユルの伏せ替え工事に着手する。 1853
アメリカのペリーが浦賀に来る。
1854
安政元
満濃池のユル替えの結果が悪く、7月9日、満濃池の堤防が決壊する。11月4日~5日、大地震が起こり、人家破損3千余戸、池の決壊7ヶ所、池の堤防大破264ヶ所。
●奥池(坂出市川津町)を改修する。 1854
日米和親条約がむすばれる。
1855
2
●辻堂池(高松市一宮町)を築く。
●軒原庄蔵(のきはらしょうぞう)の計画により、弥勒池(大川町)掛井手の石穴堀削に着手する。
1856
3
●二股池(三木町)を改築する。
1857
4
●弥勒池(大川町)掛井手の石穴105間(189m)が完成する。 1858
日米修好通商条約がむすばれる。
1859
6
●買田池(善通寺市与北町)をかさ上げする。
この時に「内池」を築く。
1860
万延元
●奥谷池(観音寺市粟井町)の堤防を0.9mかさ上げする。
買田池(善通寺市与北町)の堤防が大破する。 1860
桜田門外の変がおこる。
1862
文久2
●公渕池(高松市東植田町)の築造に着手する。
1863
3
●公渕池が完成する。
奥谷池(観音寺市粟井町)の東ユルより漏水し、池尻を大破する。
1867
江戸幕府がほろびる。

明治・大正・昭和(戦前) 1868~1945
西暦 元号 香川の水の歴史 世の中の出来事
▼干ばつ ●池及び水関連施設の築造・修復
1869
明治2
満濃池復旧工事に着手し、まず9月16日底ユルとする石穴堀削に着手する。 1868
五か条の御誓文が発布される。
1870
3
●満濃池の石穴が貫通し、6月には堤防が復旧する。
堤長45間半(81.9m)高さ13間(23.4m)天幅8間(14.4m)敷幅65間(117m) 1869
版籍奉還が行われる。
1871
4
4月18日に大風洪水がおこる。
●三田池(満濃町)を築く。 1871
廃藩置県が行われる。
1872
学制がしかれ、小学校が設置される。
1873
6
▼この夏干ばつがおこり、10月には暴風洪水がおこる。
1876
9
▼この年、干ばつとなる。 1877
西南の役が起こる。
1878
11
前年の地祖2.5%引き下げの結果、ため池、用水路などの経費はすべて水掛りの負担とする。
1880
13
▼小豆島で干ばつとなる。
1886
19
▼小豆島が大干ばつとなる。 1889
大日本帝国憲法が発布される。
1890
23
▼小豆島が大干ばつとなる。
1893
26
▼この夏、38日間雨が降らず、干ばつとなる。
雨乞い対策に勝賀山や大的場などで花火を打ち上げる。
●奥池(坂出市川津町)をかさ上げする。 1890
第一回帝国議会が開かれる。
1894
27
▼4月26日より6月7日まで雨が降らず、6月7日に小雨があり、9月14日まで雨が降らず、大干ばつとなり、池の底に亀裂が入り、収穫皆無の田畑が多く出る。
勝賀山山頂で雨乞いのため火がたかれた。 1894
日清戦争が始まる。
1895
28
●鎌田池(福江大池-坂出市)をかさ上げし、堤高を2.1m高くする。
●小津森池(綾歌町)のかさ上げ工事が所要人夫4万4,900人で完成し、堤高を4.5m高くする。 1895
日清講和条約が結ばれる。
1896
29
8月30日洪水となる。
1897
30
9月29日、降雨量180mmの大雨となる。
1898
31
満濃池の堅ユル、やぐらを改造する。
●奥谷池(観音寺市粟井町)をかさ上げし、堤高を0.6m高くする。
●臍池(へそいけ)(観音寺市原町)を改修する。
●奥谷池(土庄町)をかさ上げする。
1900
32
●音谷池(香南町)のかさ上げ工事が完成し、堤高を4.5m高くする。
1901
34
●蛙子新池(土庄町)を築く。
1902
35
●大谷池(大野原町)をかさ上げし、堤高を1.8m高くし、底ユルを石穴に改める。
1904
37
●六郷村(丸亀市)で、金倉川の集水きょを設け、ポンプで水を汲む。香川県初の揚水機となる。 1904
日露戦争が始まる。
1905
38
●満濃池を0.87mかさ上げをし、洪水吐改造工事に着手する。
1906
39
●満濃池の改築工事が完成し、水面積5.94ha、貯水量832,700立方メートル増加する。
井関池に土砂を吐ける孔として、石穴をうがつ。
1909
42
●二股池(三木町)の改築工事が完成、堤高が1.8m高くなる。
●逆瀬池(観音寺市粟井町)を改築する。
●高松市「大井戸水源地」の拡張工事が完成する。
1910
43
●神内上池(高松市西植田町)築造に着手する。 1910
日韓併合が行われる。
1911
44
吉原大池(善通寺市吉原町)の底ユルを木ユルから、土管に改良。
1912
大正元
9月21日より23日まで大洪水が起こり、ほとんど完成の神内上池が流失。
衣掛池(こかけいけ)(高松市鬼無町)の堤防が大破する。
1913
2
●神内上池が完成する。
●諸口池(内海町)を築造する。
1914
3
▼小豆島で干ばつがおこる。
●満濃池配水塔が完成する。
●ユバサ池(直島町)を築造する。
●大正池(仁尾町)を改修する。 1914
第一次世界大戦に参戦する。
1915
4
小豆島で洪水、伝法川筋が大破する。
●三谷新池(観音寺市池之尻町)を築く
1916
5
●山田池、綾川池(綾南町)を築く。
●高松市御殿浄水場が完成。
1917
6
石神池(さぬき市前山)の底ユルを石穴にする。
●三谷大池(観音寺市池之尻町)を築く。
●奥池(綾南町)をかさ上げし、鷲の山の承水溝(しょうすいこう)を新設する。
1918
7
9月、音谷池(香南町)が決壊し、12月に復旧工事に着手する。
蛙子新池(土庄町)が決壊する。 1918
米騒動が起こる。
1919
8
●双子池(庵治町)、大谷池(三木町)をかさ上げする。
●久米池(高松市新田町)の掛井手を改修する。
●蛙子新池の復旧、かさ上げ工事が完成する。
1920
9
●音谷池(香南町)の復旧工事が完成する。
●新池(三木町)の改修工事を行う。 1920
国際連盟に加盟する。
1921
10
仁池(飯山町)の底ユルを石ユルに改める。
●高松市水道が給水をはじめる。
1922
11
飲用水井泉外の水は蒸留・煮沸・ろ過しなければ飲用してはならない旨の飲用水取締規則を定めた。
▼夏、干ばつとなる。
●三五郎池(内海町)を築造する。 1922
関東大震災が起こる。
1923
12
●大正池(土庄町)を築造する。
大窪池(飯山町)の底ユルを石ユルに改める。
1924
13
▼夏に干ばつがおこる。 1925
治安維持法が成立する。
普通選挙法が成立する。
1926
15
●豊稔池(大野原町)の築造に着手する。
●蛙子池(土庄町)をかさ上げする。
●土器川を水源とした丸亀市上水道が完成する。
1927
2
●満濃池を1.5mかさ上げし、洪水吐を改造および1,200mの用水幹線の改修を行うとともに、財田川からの承水トンネル延長400mの新設工事に着手する。 1927
金融恐慌が起こる。
1929
4
●三郎池(高松市三谷町)のかさ上げで2.1mかさ上げし、承水路の延長3,800m、延長4,900mの用水幹線の改修工事に着手する。
1930
5
●満濃池のかさ上げが完成し、水面積7.67ha、貯水量14万7千立方メートル増加する。
●豊稔池が完成する。
●奈良須池(高松市岡本町)をかさ上げし、0.9~1.3mかさ上げする。
●公渕池(高松市東植田町)のかさ上げ工事に着手する。
1931
6
●三郎池の改築工事が完成する。
●昭和池(綾南町)を築造する。 1931
満州事変が起こる。
1932
7
●鎌田上、下池(坂出市小山町)を改修し、上池を坂出市上水道水源池とする。
1933
8
●公渕池のかさ上げが完成、貯水量144万立方メートルとなる。
●吉原大池(善通寺市吉原町)を、1mかさ上げする。
●楠見池(飯山町)を、0.3mかさ上げする。
●国市池(高瀬町)、勝田池(豊中町)の承水溝を改修をする。岩瀬池(高瀬町)、木ユルを石穴に改める。 1933
国際連盟を脱退する。
1934
9
▼5月13日から7月12日まで降雨なし。7月13日に小雨の後、9月1日まで雨が降らず、大干ばつとなる。
●蛙子新池を改修する。
1935
10
●岩瀬池承水溝の延長1,790mの改修工事に着手する。
1936
11
●亀越池(満濃町)をかさ上げ、3mのかさ上げに着手する。
1937
12
●岩瀬池承水溝の工事が完成する。 1937
日中戦争が始まる。
1938
13
7月3日から5日まで豪雨となる。
●門入池(寒川町)の築造に着手する。
●高松市水道水源池、御殿貯水池の工事に着手する。
1939
14
▼梅雨入りより日照りが続き、かつてない大干ばつとなる。県下の枯渇田は2万千haにのぼる。
●川股池(引田町)の築造に着手する。
1940
15
●小川下池(こかげいけ)(三木町)の築造に着手する。
●蛙子新池(土庄町)、にげ田大池(引田町)をかさ上げする。
●恵池(善通寺市善通寺町)を築く。
1941
16
●中山池(池田町)が完成する。
●亀越池(満濃町)の改築が完成する。
●満濃池のかさ上げ、6mのかさ上げ工事に着手する。
●二葉池、梢池(大野原町)の2池を合わせてかさ上げし、新二葉池が完成する。
●庄屋新池(綾南町)を築造する。 1941
太平洋戦争が始まる。
1942
17
一の谷池(観音寺市原町)が決壊し、民家5戸、田畑15haが流失する。
●三五郎池(内海町)をかさ上げする。
●三豊郡中部土地改良事業、(逆瀬池、亀尾池かさ上げ、幹線水路の新設)に着手する。
1943
18
●岩瀬池(高瀬町)のかさ上げ、0.9mかさ上げをする。
●千歳池(大野原町)のかさ上げ工事が完成する。
1944
19
▼田植えの時期から8月初旬まで雨が降らず、大干ばつとなり、植え付け不能面積が7千haとなる。
●小川下池(三木町)、門入池(寒川町)が完成する。
1945
20
●一の谷池(観音寺市原町)の復旧が成る。
●仁池(飯山町)、蛙子池(土庄町)のかさ上げ工事が完成する。 1945
広島・長崎に原爆が落下。
太平洋戦争が終わる。

昭和(戦後)・平成 1946~
西暦
元号
香川の水の歴史
世の中の出来事
▼干ばつ ●池及び水関連施設の築造・修復
1946 21 5月 大谷池(大野原町)が決壊し、死者6人、 流失家屋41棟、半倒壊114棟、田畑流失49ha。 12月に復旧に着手する。 1946 日本国憲法が公布される。


1947 22 ▼6月~7月にかけて干ばつとなる。
7月9日復旧工事中の大谷池(大野原町)再び流失する。
●平竹池(さぬき市志度)を築造する。 1947 教育基本法が作られる。


1948 23 ●松ケ浦池(坂出市大屋冨町)を築造する。
1949 24 ●男井間池(三木町)の揚水機を設置する。
1950 25 9月3日~4日と9月13日~14日に豪雨がある。 大谷池の復旧工事が完成する。
●高松の御殿貯水池拡張工事が完成する。
●三郎池(高松市三谷町)の承水溝、延長 4,300mの改修工事に着手する。
●古高松用水改良事業、(谷池、篠池、羽 舞池(はぶいけ)、宝池、小山池、八ツ池へ 新川流水を揚水)に着手する。
●木槲池(もっこくいけ)(仲南町)を築造する。








1951 26 6月29日から7月19日にかけて、連続で雨が降り、10月14日~15日は暴風雨となる。
●代の池(大野原町)が決壊する。 1951 サンフランシスコ 平和条約が結ばれる。


1952 27 6月23日~24日に豪雨があり、6月27日から7月11日まで雨が続く。 7月1日から7月中旬まで、たびたび豪雨となり、各地で水害がおこる。
●三郎池承水路が完成する。
●四箇池用水改良事業、(神内上池かさ上げ、導水路5659mの新設)に着手する。 井関池(大野原町)に洪水吐ひ門を設置する。







1953 28 ●内場ダム(塩江町)が完成する。
●長柄ダム(綾上町)が完成する。
●古高松用水改良事業が完成する。
●土器川右岸用水改良事業、(備中地池(琴南町))に着手する。




1954 29 ●楠見池用水改良事業に着手する。
●井関池(大野原町)第2期改修工事が完成する。
●高松市御殿貯水池が完成する。


1955 30 ▼7月~8月に干ばつがおこる。
●三豊中部用水改良事業が完成する。

1956 31 「北条念仏踊」「南鴨念仏踊」「弥与苗踊・八千代踊」が県指定無形民俗文化財となる。
▼7月~8月に干ばつがあり、8月15日現在の水稲被害面積7,075haとなる。
●県営香東川沿岸用水改良事業中、「一の井幹線」 延長6,843kmが完成する。
●門入池(さぬき市寒川町)の堤防補強、洪水吐復旧の工事が完成する。
●亀尾池(観音寺市池之尻町)のかさ上げ工事に着手する。 1956 ソ連と国交が回復する。 国際連合に加入する。









1958 33 ●財田川沿岸防災ため池事業のうち、戸川池 (財田町)が完成する。

1959 34 ●伝法川沿岸防災ため池事業のうち新中山池が完成する。
●満濃池かさ上げ工事が完成し、貯水量が 1,540万立方メートルとなる。
●県営香東川沿岸用水改良事業中、池西幹 線水路、延長7,631mが完成する。
●内海ダム(内海町)が完成する。






1960 35 ●県営土器川右岸用水改良事業のうち、備中地池(琴南町)が完成する。

1961 36 ●県営四箇池用水改良事業が完成する。 10月26日~27日、小豆、大川地方で集中豪雨があり、大きな被害が出る。


1962 37 四国地方開発審議会吉野川総合開発部会が発足する。
●川股池(東かがわ市川股)が完成する。
●石神池(さぬき市前山)のかさ上げ工事が完成する。
●伝法川沿岸防災ため池事業として、蛙子池のかさ上げ工事が完成する。
●県営大規模老朽ため池事業として初めて、逆瀬池(観音寺市粟井町)の補強工事に着手する。
●五名ダム(東かがわ市五名)が完成する。







1964 39 ●大川ダム(さぬき市大川町)が完成する。 1964 東海道新幹線が開通する。
東京オリンピックが開かれる。
1965 40 ひょうげ祭の神具が県指定有形民俗文化財となる。
●五郷ダム(大野原町)が完成する。

1966 41 ●府中ダム(坂出市府中町)が完成する。 県がため池保全に関する条例を制定する。

1967 42 ●大内ダム(東かがわ市水主)が完成する。
▼夏、干ばつとなり、異常渇水となる。

1968 43 ●香川用水事業起工式を行う。
●野口ダム(仲南町)が完成する。

1969 44 ●金倉川沿岸用水改良事業が完成する。
1970 45 ●国営付帯県営香川用水事業に着手する。
香東川沿岸用水改良事業が完成する。 1970 万国博覧会が開かれる。

1972 47 ●県営綾川沿岸用水改良事業が完成する。 1972 沖縄が日本に復帰する。
中華人民共和国との国交が回復する。
札幌オリンピック(冬季大会)が開催される。
1973 48 ▼夏、干ばつがおこり、異常渇水となる。
満濃池水系、県営府中ダム(坂出市府中町)から 高松市に緊急送水をする。
県人工降雨実験本部が海上自衛隊の協力を得て、 人工降雨試験飛行を実施する。
●吉野川総合開発の早明浦ダム(高知県本山町) が完成する。






1974 49 ●県営柞田川沿岸用水改良事業が完成する。
●香川用水暫定通水が6月1日から開始される。

1975 50 ●香川用水幹線水路(共用水路)が完成する。 本通水を4月1日から開始する。
●吉野川総合開発の池田ダム(徳島県池田町) が完成する。
●殿川ダム(池田町)が完成する。
●前山ダム(さぬき市前山)が完成する。
●香川用水記念館が完成する。 1975 山陽新幹線岡山・博多間に開通する。






1976 51 仲南町の「綾子踊」を重要無形民俗文化財に指定。
1977 52 綾南、綾上両町の「滝宮念仏踊」を重要無形民俗文化財に指定。

1978 53 ▼7月が30.5mm、8月が23.5mmの雨量となり、島しょ部や山間部では水不足に苦しむ。
和田、田野々雨乞踊(大野原町)が県指定無形 民俗文化財となる。



1979 54 ●香川用水基幹工事が11年ぶりに完了し、香川 町で通水式が行われる。

1981 56 ●多度津町高見島に、世界最大の太陽熱による 海水淡水化プラントが設置される。
この装置により、 8月からは島民に日量20立方メートルの清水が供給されるようになる。(平成4年まで供給)
●粟地ダム(内海町)が完成する。




1982 東北新幹線・上越新幹線が開通する。
1984 59 香川用水通水10周年記念式典が県庁ホールで挙行される。
1985 筑波科学万国博覧会が開催される。
1986 61 初の香川用水水口祭が財田町の香川用水東西分水工で行われる。

1988 63 高松市御殿浄水場内に水道資料館が開館する。
●千足ダム(東かがわ市川股)が完成する。
1989 元号が平成となる。
1990 平成 2 ●田万ダム(綾上町)完成する。
1991 長崎県雲仙普賢岳が噴火する。
1992 山形新幹線が開通する。
スペースシャトルに毛利 衛さんが乗船する。


1994 6 香川用水通水20周年記念式典が行われる。
▼6月29日から8月19日まで、香川用水の取水制限が行われる。(カット率、30~100%)
▼早明浦ダム(高知県本山町)の利水貯留量が建設以来初めてゼロとなる。
異常渇水で高松まつりが中止される。
滝宮念仏踊が21年ぶりに特別奉納される。 1994 広島アジア大会が開かれる。





1995 阪神・淡路大震災が起きる。
1996 8 国営付帯県営香川用水事業が完成する。
1997 9 ●吉田ダム(内海町)が完成する。
香川用水記念公園が開園する。
節水型街づくり推進協議会(県及び全市町で組織)が設立される。






1998 長野オリンピック(冬季大会)が開催される。
1999 11 ●門入ダム(さぬき市寒川町)が完成する。
●水資源開発公国営香川用水施設緊急改築事業に着工。
2002 14 ●粟井ダム(観音寺市粟井町)が完成する。 2002 ワールドカップ
2003 15 ●平成15年4月1日現在、椛川ダム(塩江町)、内海ダム再開発(内海町)、綾川ダム群連携事業(綾上町)が建設中。

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