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(89)讃史-伝説と神社 【2.手置帆負命】

古代讃岐石神祀

手置帆負命(タオキホオイ)は、讃岐忌部の祖神。

神代の時代、忌部氏の子孫が来讃し矛竿を造り毎年八百本、朝廷に奉った。

現在、この神を祀る神社が、村社 忌部神社(三豊郡笠田村)
             村社 宇賀神社(三豊郡笠田村)です。

この地区では、今もちょうさまつり長竿祭り)が盛んです。

長竿祭りは、名前の通りその地区の長が地区名の幟を先頭に山車を従え行進するでした祭りでした。当時は、先頭が目立っていたと思われますが、江戸時代にはいり、京極藩領であったこの地が『讃岐三白』の綿の生産地として栄えるようになると、山車の装飾に『綿』が使われ、当時貴重だった『綿』で飾られた山車が、幟の長竿より目立つようになり、そのうち山車自体が幟の代わりとなる現在に至ったと考えられます。ちょうさまつりは、京極藩の財政を影で支えたこの地区の人々の誇りの象徴だったのです。

郷社 譽田神社(大川郡引田町)は、忌部宿禰正国が創祀し、正国は大内郡の戸主でした。多和神社(長尾町)もこの命を奉齋している。

                        
天太玉命(アメノフトダマ)は神代の昔、天照大御神のお側近くにお仕えになられた神様で、中臣氏と共に朝廷の祭祀(お祭り)を司った斎部氏(忌部氏)の祖神に当たります。天比理刀命(アメノヒリトメ・天太玉命の妃神)。

忌部五部神 - 
手置帆負命(タオキホオイ) 木の神
     讃岐忌部(香川県)の祖。林業・建築業・武器製造業の神

天日鷲命(アメノヒワシ)
     阿波忌部(徳島県)の祖。紡績業・製紙業の神


櫛明玉命(クシアカルタマ)
     出雲忌部(島根県)の祖。装飾・美術の神

彦狭知命(ヒコサシリ) 土の神
     紀伊忌部(和歌山県)の祖。林業・建築業・武器製造業の神

天目一箇命(アメノマヒトツ)
     筑紫(福岡県)・伊勢(三重県)忌部の祖。金属鉱業の神

※現在、棟上の地鎮祭では手置帆負命(木の神)と彦狭知命(土の神)をまつり祈祷している。




 天照大御神(アマテラス)が弟神・スサノオのあまりにも乱暴な振る舞いにお怒りになり、天の岩屋にお籠もりになられてしまった時には、中臣氏の祖神・天児屋命(アメノコヤネ)と共に力をあわせて、大御神の御出現を願うためのお祭りを行ないます。

それと共に、天太玉命御自身の率いる忌部の神々を指揮され、このお祭りを行なうために必要不可欠な鏡や玉、神に捧げる幣帛や織物、威儀物としての矛や楯といった武具、社殿の造営などを司られた。

こうしたことから日本における全ての産業の総祖神として崇敬されています。

-縣神社史より

手置帆負神(讃岐忌部の祖):地鎮祭の建築の神
手置帆負神は古事記の中に出てくる神様で、天の岩の宮殿の造営にあたり、日本に下っては大国主命(オオクニヌシノミコト)の笠縫として奉仕せられた方である。手置帆負神を文字通り解釈すれば、帆掛け舟の帆を立てる神様です。 船に帆を張り、それを背にして(帆を負って)、オールを漕がない(手は使わず置いている) こうした船の使い手だった。
「金毘羅船船シュラシュシュシュ」の廻り歌を思い出します。その舟つくりの技を活かして家も作った。 今でも建築の棟上式には、必ず呼び出される大工の神様で、航海安全の神様でもある。

こんぴら船々

金毘羅船々(こんぴらふねふね)
追風(おいて)に帆かけて
シュラシュシュシュ
まわれば 四国は
讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり)
象頭山(ぞうずさん) 金毘羅大権現(だいごんげん)
一度まわれば
金毘羅み山の
青葉のかげから
キララララ
金の御幣(ごへい)の 光がチョイさしゃ
海山雲霧(うみやまくもきり) 晴れわたる
一度まわれば
金毘羅石段
桜の真盛り(まさかり)
キララララ
振袖(ふりそで)島田が サッと上る
裾(すそ)には降りくる 花の雲
一度まわれば
阿波の殿様
蜂須賀さま(はちすかさま)だよ
シュラシュシュシュ
私ゃあなたの
そばそばそばだよ
ほんとに金毘羅大権現 
一度まわれば
お宮は金毘羅
船神さま(ふながみさま)だよ
キララララ
時化(しけ)でも無事だよ 雪洞(ぼんぼり)ゃ明るい
錨(いかり)を下して 遊ばんせ
一度まわれば

◆中臣氏(藤原)と忌部氏(斎部)は,祭祀にかかわる二大勢力でした。

◆平安初期の大同二(807)年に斎部広成が書いた歴史書「古語拾遺」。
 「古事記」「日本書紀」の編纂には、藤原不比等が重要な役割を果たしta。
 天岩屋戸にアマテラスがお隠れになったとき 祭祀担当は「アメノフトダ マ」(忌部氏の祖)と「アメノコヤネ」(中臣氏の祖)であった。
 斎部広成は、藤原氏に独占されていた祭祀の中央での要職を得る為、本書を書いたと思われる。書は、「国史が漏らした物を拾う」の意味を含んでいる。

◆現在に伝わる中臣氏と忌部氏の言葉の中の戦い

例:『ゆゆしい』・・・・・忌忌しい   
   意味①畏(おそ)れ多い
     ②不吉だ・縁起が悪い
     ③たいへんすばらしい
     ④たいへんひどい
   -マドンナ古文単語230より-
※一つの言葉の中に全く逆の意味を含む・・・・・・・・。

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tag : 手置帆負 彦狭知 ちょうさまつり こんぴら船々 天日鷲 櫛明玉 天目一箇

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(117)“草鞋を履いて阿讃の峠を越えた牛”

 讃岐の風土記年代順全目次 「東男に京女」という言葉があるように、四国には「讃岐男に阿波女」という言葉があります。この言葉は、一般的には働き者の讃岐男に美人の阿波女という意味にとられているようですが、嫁をも

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讃岐国造

讃岐国造 など
須賣保禮命
国造本紀には軽島豊明朝時代に景行帝の皇子神櫛王の三世孫に須賣保禮命がいて、国造の称を賜ったと、書かれている。今、鵜足郡勝浦村に鵜足明神の祠があり、神櫛王の五世孫の篠目命を祭っていると言われている。又、那珂郡柞原村に素戔権現の祠がある。これは篠目命が建立したとの伝説である。だから此の人も神櫛王の血筋であると考えられる。
鷲住王
「年二月癸丑朔、喚鮒魚磯列王之女、太姫郎姫、高鶴郎姫、納於后宮、並為嬪、於是二嬪恒欺之曰、悲哉吾兄王何處去耶、天皇聞其欺而問之曰、汝何欺息也、對曰、妾兄鷲住王、為人強力軽捷、由是獨馳越八尋屋、而遊行既経多日不得面言、故欺耳、天皇悦其強力、以喚之不参来、亦重使而召猶不参来、恒居住吉邑、自是以後廃不求、是讃岐国造、阿波国脚咋別、凡二族之始祖也」(
この王は阿波の却咋より、鵜足郡富隈村に移り住み、当地で薨玉し、飯山に葬ったと三代実録に記述がある。
星直
続日本紀
「延暦十年、讃岐国寒川郡人、正六位上凡直千繼等言、千繼等先星直、譯語田朝廷御世、繼国造之業、管所部之界、於是因官命氏、賜紗抜大押直是姓、而庚午之籍、改大押字、仍注凡直是以星直之裔、或為讃岐直、或為凡直、方今聖朝仁均雲雨、恵及昆虫、当此明時、冀照覆盆、請因先祖之業、賜讃岐之姓、勅千繼等戸二十烟依請賜之」
572~85 敏達天皇 県内 この頃 讃岐国造星直氏,紗抜(讃岐)大押直の姓を与えられる(続日本把)
天日鷲命の子孫には「弓削連」の名もありました。「天日鷲翔矢命」は「弓削宿禰」のみです。「此神思ふに弓矢を作り始めやし給ひけん」ともあります。
 ○高木神社,香川県丸亀市土居町2-,(主神)鷲住王 ○大山神社,徳島県海部郡宍喰町塩深字尾鼻,(主神)鷲住王命 ○脇鷹神社,そばたか,茨城県稲敷郡桜川村飯出,天日鷲翔矢命桜川村は大杉神社のある村で、脇鷹神社はすぐそばである(大杉神社の北方)。天日鷲命でなく「天日鷲翔矢命」とは 木の神と鷲・鷹との密接な関連は、鷲・鷹が矢の神を意味するためだらう。矢には鷹などの羽根を付け、矢の威力は鷹の神の威力を借りたものだからである。また、柳田翁によれば、その矢を立てることによって樹木は神籬となる(矢は武を意味するものではなかった)。 杉山神社の旧祭神名の天日鷲命は矢の神の意味があった。源氏の庇護も矢の神であるためだらう。一部の杉山神社の日本武尊の祭神名も「矢=武神」から出たようだ

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忌部氏
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション, 検索
忌部氏(いんべし・いみべし)とは大和時代から奈良時代にかけての氏族的職業集団である。ケガレを忌み、神事などに奉仕する。古来より宮廷祭祀における、祭具の製造・神殿宮殿造営に関わってきた。祭具製造事業のひとつである玉造りは、古墳時代以後衰えたが、このことが忌部氏の不振に繋がる。アメノフトダマノミコト(天太玉命)を祖先とする。その子孫は後に斎部を名乗る。中臣氏と勢力を争ったが、あまり振るわず、次第に衰退していった。「諱部」とも表記する例もある。


氏族は多数に及び、各地に広がっている。九州・紀伊半島・四国・房総半島などに勢力をもった。 天日鷲命(あめのひわしのみこと)を祖とする阿波国の阿波忌部氏、手置帆負命(たおきほおひのみこと)を祖とする讃岐国の讃岐忌部氏、彦狭知命(ひこさしりのみこと)を祖とする紀伊忌部氏、櫛明玉命(くしあかるたまのみこと)を祖とする出雲国の玉作氏(たまつくりし)、天目一箇命(あめのまひとつのみこと)を祖とする筑紫国・伊勢国の忌部氏などがいた。 また、四国の阿波と房総半島の安房が何れも「あわ」と読むのは忌部氏が阿波から安房に行った際に命名されたとも言われている。北陸(越前国)、 山陰(出雲国、隠岐国)、山陽(備前国)などにも忌部氏はいるが前者の氏族とは同族かどうか今だ明言はしがたい。


竹取物語流布本にかぐや姫の名付け親を「みむろとのいんべのあきた」(三室戸の斎部の秋田)とあり、また竹取の翁の名を「さぬきのみやつこ」とあるのを、この氏族と結びつけ、作者を忌部氏の人とする説や、讃岐忌部と作者の関係を指摘する説がある。

織田氏は劔神社の神官である越前忌部(斎部)氏の支流であるが、後に平氏を称した。長徳4年(998年)3月21日、藤原行成の「権記」に越前劒大神宮神主 伊部守忠という名前が見える。

四国の阿波、房総の安房に限らず、地名に関する事も多く、員弁(いなべ)など三重県や奈良県にも同氏から付けられた地名を残している。

姓ははじめ首(おびと)だったが、天武天皇9年(680年)1月8日に、連(むらじ)の姓を与えられた。天武天皇13年(684年)12月2日に他の連姓の50氏とともに宿禰(すくね)になった。

『日本逸史』によると、延暦22年(803年)3月に「忌部」から「斎部」に改めた。正六位上斎部宿祢浜成の願出によるという。浜成の伝記は伝わってないが、『古語拾遺』の選者斎部広成と同一人物という説もある。
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